第76話 クレーム・ド・カシスともう一つのお酒

「ミナト!そのクレーム・ド・カシスってのもお酒なの?」


 シャーロットがいつもの笑顔で聞いてくる。その口調は公爵家の屋敷にいるとはとても思えないほど砕けていた。


「ああ、これがあればまた新しいカクテルが作れる」


 ミナトも場所を忘れて笑顔で答える。


「マスターの作ることができるカクテルが増えるとは実に喜ばしい!」


 デボラも笑顔で賛同した。


 そんな様子を執事は纏う魔力に少しの威圧感を込めて三人に厳しい視線を向けているのだがそんなもので怯む三人ではない。そしてここにもう一人、執事の様子を一切気にしない人物がいた。ミルドガルム公爵ウッドヴィル家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルである。


「ミナト殿といったな?我が家に伝わるブラックカラント酒をご存じなのか?ミルドガルム領のアクアパレスではこの酒を特産としておるから知っている多いがまだ王都では販売していない酒なのだが…?」


 疑問符を顔に浮かべてそう問いかけてくる。


『ブラックカラント…。カシスの英語読みだ…。なるほど…、ここではカシスはブラックカラントか…』


「いえ、ブラックカラント酒という名前は初めて伺いました。ブラックカラントというのは黒い小さな実をつける果実ではありませんか?私の故郷にカシスという似たような果物がありそれを使った酒にとても似ていた風味がしたものですから…」


 本当は同じものだがそう答えて誤魔化すことにする。


「おお!そうであったか!確かにカラントと名の付く果実は大陸のあちこちで見かけることができるからな。ではこのブラックカラント酒で作るカクテルというのは貴殿の店で頂戴したジン・ソーダのような飲み物なのか?」


 目に宿った光がちょっと本気を感じさせるのはジン・ソーダが美味しかったからだろうか…。


「おじい様。興奮気味のところ申し訳ないのですが、私にも分かるように説明してほしいのですが…」


 ミリムにそう言われたモーリアン=ウッドヴィルはミナトの店を訪れた時のことを彼女に話して聞かせた。ちなみにカクテルというのは酒と酒を混ぜて作るといったかつてシャーロットに説明した内容も掻い摘んでミナトが補足した。


「な、な、な、何をまた勝手に外出しているのですか!それもよりにもよってこんな時に?ガラトナ!あなたがついていながらなんということをしたのです!」


「申し訳ございません」


 ミリムが強い口調で執事に詰め寄る。がどんな時なのかは聞かないことにしてとりあえず執事の名前がガラトナということは理解したミナトであった。


「た、たまにはよいではないか!こ、このようにずっと屋敷におってはそれこそ…。そ、そ、それにそのジン・ソーダというカクテルは真に美味い酒であったのだよ…」


 先代公爵が押されている。


「はい、そのカクテルという飲み物が美味しいことはわかりました!しかしご自分が何をしたのか本当に分かっておられますか!?ご無事だったからよかったものの…」


「す、すまぬ…」


 先代公爵があっさりと折れた。


「大旦那様、お嬢様、お客様の前ですので…」


 ガラトナの言葉にハッとする二人。どうやら悪い人たちではないようだ。


 そんな人たちを前にして、ブラックカラント酒という名のクレーム・ド・カシスの存在を知ったミナトは彼らにどうしても確かめたいことができていた。今は夏、通常ならこのルガリア王国で手に入らない酒が高位貴族の家ならば手に入るかもしれない。


「すみません。お伺いしたいことがあるのですが…」


「何であろうか?」

「何なりと!」


 ミナトの問いかけに居住まいを正して話を聞く態度を示す先代公爵と現当主の娘。


「このお屋敷に白ワインはありますか?」


「む…。確かにこの屋敷には我らが飲むために数種類のワインが保管されているが…?」


 唐突な問いだったのか一瞬きょとんとした先代公爵だがすぐにミナトの問いを肯定した。


 その答えにミナトはこれまで以上に笑顔を浮かべるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る