第75話 公爵家と伝わる酒
老齢とは思うが洗練された所作で案内する執事に続いてミナト達三人はミルドガルム公爵ウッドヴィル家の王都にある屋敷内の廊下を歩いていた。
「すごいな…」
「なかなかね…」
「ふむ…、これが人族の貴族の屋敷か…」
三者三様の呟きが漏れる。
高い天井の廊下に高級品と思われる絨毯が敷かれ、広く取られた窓は採光率が高く、今は鮮やかに夕日が差し込んでいた。天井には照明の魔道具が取り付けられており、その意匠は華美になりすぎることがない程度に品がある。廊下の造りだけでも流石はルガリア王国で二大公爵家の一つとされるだけはあるといえた。
『シャーロット…。この執事の人って変な感じがしない?何か気分が悪くなるような…』
ミナトは先導している屋敷の玄関先で出会った執事の背中を見ながらそうシャーロットに念話を飛ばす。最初にその姿を見たとき、その体から感じる魔力に何やら嫌な雰囲気を感じ取っていたミナトであった。
『ミナトも気づいた?ミナトくらい魔法のレベルが高ければ感じて当然よね。この人きっと元暗殺者よ。人族、それだけじゃなくて獣人、ドワーフ、エルフといった種族は、自らと似た種族を殺し続ける行為を行うと魂が焼かれると言われているの。その焦げ付きは魔力に現れる。ミナトが感じた嫌な雰囲気は同族を殺し続けたことによる影響よ。気づくことができるのは私たちくらいね』
『我にとっては人族にしては僅かに不穏な気配を感じるくらいだが…』
『ドラゴンにとってはその程度のものよ!』
元いた世界の創作物にも殺し屋がその仕事で葛藤する話はあったかと思い出すミナトである。
『この執事さんは裏の仕事もこなす…、もしくはこなしていたウッドヴィル家の腹心ってところかな…。おれたち警戒されているかも…』
『まあ、何があってもミナトなら大丈夫。この人もちょっとは戦えるけどミナトとは根本的なレベルが違うわ』
そんな話をしているうちに豪華な扉の前へと到着する。
「こちらでございます」
ドアを開いて入室を促される。まだ誰が待っているという話も来ていないがミナト達はその言葉に従い部屋へと入る。
「よく来てくれた。孫娘を救ってくれたこと感謝する!今日は息子夫婦が夜まで不在でな。儂が貴殿らの相手をさせてもらうことにした」
気さくな雰囲気を伴い笑顔でそう言いながら歩み寄ってきた人物は、
『やっぱりこうなった…』
あの夜、ジン・ソーダを提供した白髪の老人であった。その傍らにはミリムが控えている。
「大旦那様…」
執事が窘めるように白髪の老人へと言葉をかける。
「おお…、まだ名乗ってすらいなかったな。儂の名はモーリアン=ウッドヴィル。この家の先代で今は気楽に隠居を楽しんでおる者だ」
見事なまでに先代の公爵家当主であった。テンプレ的展開…、とミナトは心の中で呟いている。
「ミナトと申します。F級冒険者をしています」
「シャーロットよ」
「デボラと申す」
とりあえずミナト達も名乗るが、シャーロットは人族の貴族に阿るようなことをしないがそのことをどうこうする気はミナトにはない。命の恩人であるシャーロットの判断を最大限尊重するのがミナトの気持ちである。
執事の纏う魔力が少し攻撃的になった気がするがこの程度で怯むことなどない。【保有スキル】泰然自若が効果を発揮しているらしい。
【保有スキル】泰然自若:
落ち着いて、どの様な事にも動じないさまを体現できるスキル。どのようなお客様が来店してもいつも通りの接客態度でおもてなしすることを可能にする。
場合によっては不敬に問われる可能性もあったようだが、気にも留めていないらしい先代当主はミナトを見て顔に疑問符を浮かべた。
「貴殿らは冒険者とのことだが…、ん…?………はて…、貴殿とはどこかで会ったような気がするのだが…。」
「こんなところでお会いするとは思いませんでした。先日、私の店にてお会いしています」
「店とな?」
「はい。ジン・ソーダという飲み物をお出しさせて頂きました」
ミナトの答えに先代当主のモーリアンはポンと手をたたく。
「おお!思い出したぞ。あの日の夜に訪ねた店の店主ではないか!?そなたは冒険者が本業なのか?」
「あのお忍びで外に出られた日ですね…」
執事の怒気を孕んだ呟きが聞こえたが、それは気にしないことにして先代当主に返答するミナト。
「いえ、あの店の店主が本業ですが、店が休みの日はこのようなこともしているといった形です」
「なるほど。よく分かった。皆とりあえずは座ってくれ」
部屋にある豪華なテーブルを示される。ソファもゆったりとできる高級仕様だ。
「お茶をどうぞ…」
傍らに控えていたメイドが紅茶とお茶菓子であろうクッキーをテーブルへと並べる。
「礼は述べさせてもらったがそれ以上の話は後にして、まずは紅茶でも楽しんでくれ!このクッキーは当家に伝わる酒が使われていて紅茶によく合うのだよ」
「おじい様は新しいお客様には必ずこれを食べさせるのですよ」
ミリムがそんなことを言ってくる。
「かわいいミリムよ!この酒は当家の誇りであり特産品の一つなのだぞ!それを使用したこのクッキー、お客人に出さずしてどうするのだ!」
「はいはい。分かっていますよ~」
祖父と孫の掛け合いを聞きながらもミナトの興味は公爵家に伝わるという酒に向いていた。
「では…、頂戴します…」
ミナトはそう言ってクッキーへと手を伸ばし、一つを食べてみた。
「これは…」
そんな呟きが漏れる。
「美味しいわね」
「ああ。素晴らしい味だ」
シャーロットやデボラにも好評らしい。
「ふふ…。どうだ?美味いだろう!」
満足げな先代当主を置いておいて、ミナトは確信する。間違いない。この甘酸っぱい香りと味…。恐らくミナトが欲しいと思っていたリキュールの一つが使われていた。
「クレーム・ド・カシスだ…」
満面の笑みを浮かべてミナトは再びそう呟くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます