第74話 公爵家の手荷物検査

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 屋敷に帰ってきたミリムに門番が恭しく一礼する。銀髪に口髭が特徴的で重鎧を纏って槍を携えた初老の大男だ。門の中にも数人の衛兵のいる気配がする。


「ただいま、ゴルンバード。こちらは私の護衛をして下された冒険者の方々よ。ちょっと事情があってお客様としてお父様たちにお会いして頂きたくて来て頂いたの」


 ゴルンバードとは門番の名前らしい。なかなかの武威を発する人物だとミナトは推察した。ゴルンバードはミナト達三人に向き直ると軽く一礼する。その礼儀正しさにミナトは少し驚いた。貴族に仕える彼らのような衛兵は冒険者を一段下の者として扱うものがいるというのがテンプレだと思っていたのである。どうやら先ほどのミリムが三人を紹介したときのに反応したらしい。


 ミリムは研究者として継承権を放棄したといってもれっきとした公爵家の長女で成人女性である。彼女の指示、命令は公爵家に仕える者にとって無視できないものなのだろうとミナトは想像した。


「ミリム様のお客様として歓迎する。ただ貴殿らは冒険者とのことなので武装がある場合は門内にある詰所で預かることになる。それと親交のある貴族家以外の者に訪問頂く際には暗器等を所持していないかの確認をさせてもらうが構わないか?」


『きっと刃物とか毒物を特定する用の魔法よ。素直に受けておいて問題ないわ』


 シャーロットからの念話が飛んでくる。ミナトも念話で同意した。


「ええ。構いません」


 全く動じないミナトの雰囲気にほんの僅かに目を見開いたゴルンバードは、


「では、こちらへ!」


 ゴルンバードが案内の形で先導する。しかし周囲は一定の距離を保つ形で衛兵達が囲んでいた。やはり貴族家は外部から来た者たちへの警戒を怠らないものらしい。


 武器類の預け物は実に簡単に終了した。荷物と言ってもミナトは背負っていたバッグが一つ。武器と言ったら中にナイフが入っているだけである。シャーロットはマジックバッグのみ。デボラに関しては特に預けるものがないという状態だった。


「ず、随分と軽装なのだな…。ま、まあよい…。今度はこちらだ。この魔法陣が描かれている部分の中心に一人ずつ立ってくれ」


 やや驚いているゴルンバードがそう指示をする。


『やっぱり!この魔法陣は武器や毒物といった術者が選んだ特定の物質や生物に反応するの。体に身に着けていた場合はその部分が光るって仕組みよ!』

『シャーロットは流石に詳しいんだね』

『だって基本原理を組み立てたのは私だもの。警護に便利だと思って作ったのよね。普及していてうれしいわ!』

『そ、そうなんだ…』


 それはいつ頃の話…、ということは絶対に口にも念話にもしないミナトである。


「ちなみにこれはどんな魔法陣なのか伺っても?」


 こころの動揺を隠すためかゴルンバードにそう問いかけるミナト。


「確かに冒険者であれば目にすることも少ないかもしれぬな。これは破眼の陣と呼ばれるもので大昔に偉大なる賢者と呼ばれた魔法の使い手が残した叡智の塊とされている。これの中心に置かれた武器、毒物、魔物は光るようになっている。身に着けていた場合もその部分が光るのだ。来訪者の持ち物を検査する魔道具として重宝している」


「え?」


 ミナトから僅かにそんな呟きが漏れた。魔物が光るとは…?デボラは火皇竜カイザーレッドドラゴンである。どうするのだ?全身から冷汗が出るのが分かった。


「先ずはそちらの赤髪の女性からお願いしようか?」


「うむ。こちらに立てばよいのだな」


 デボラはなんの躊躇もなく魔法陣の中心に立つ。


『シャ、シャーロット!?』

『ミナト!大丈夫!見ていて!』


 慌てたミナトであるがシャーロットは落ち着いたものである。そして魔法陣はピクリとも動かずなんの光も発しない。


「ふむ。問題ないな。ではそちらの女性。お願いできるかな?」


「ええ」


 シャーロットも簡単にパスした。


「次は貴殿だ」


「は、はい!」


 ミナトも魔法陣の中心に立つが何も起こらなかった。


『あの魔法陣は人族の貴族相手に作ったものよ。デボラの人化の魔法を見抜くことなんてできないわ。もしそんな魔法陣作ろうとしたらこの百倍以上の規模が必要ね』

『ちょっとだけ慌てたよ』

『ふふ。心配してくれたことには感謝するぞマスター』


 デボラの嬉しそうな気持ちが念話を通して伝わってきた。


「よし。全員問題無いな。では屋敷へと案内しよう」


 先ほどと同様にゴルンバードが先導し周囲は一定の距離を保って衛兵たちに囲まれている形で屋敷の玄関まで案内される。


「いらっしゃいませ。お嬢様からお話は伺っております」


 そんな言葉と共にミナト達を出迎えた黒の執事服を纏った老齢の男性が一礼するのであった。

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