第61話 闇魔法は静かに相手を無力化する

 店の留守をデボラに任せてミナトとシャーロットは建物の屋上を駆ける。ミナトにそんなことができるのはシャーロットがこの一ヵ月の間、休日になると教えてくれた魔力による身体強化のお陰である。時刻は既に深夜。大通りにはまだ明るさが残っているが裏通りとなるこちら側は闇が深い。二人は先程までBarのお客であった老人と王都の屋上伝いに老人を追っていった暗殺者であろう集団を追跡していた。どうやら老人はすぐに大通りに出ることなく裏通りを歩いているらしい。


 ミナトとシャーロットは正確に彼らの魔力反応を捉えている。


『ミナト!姿が見えず音がしないどころか魔力や生命力、大気の揺らぎすらも感じない!凄すぎる隠蔽魔法だわ!』


 シャーロットが念話を飛ばしてくる。これもシャーロットがこの一ヵ月の間に教えてくれた魔力を使った技術である。極至近距離、そして属性ではなく本質的な魔力の質がかなり良い相性を示す場合のみ使えるということであったがどうやら二人の相性は良かったらしい。


 そんな念話を使いながらシャーロットを驚かせているのはミナトが使用している闇魔法の絶対霊体化インビジブルレイスである。


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ…。


 ステータスに記載された内容の通り、どうやら破格の性能を持っているらしかった。ちなみにシャーロットも光魔法で姿を消し、風魔法で音を消している。光学迷彩というSFロマン溢れる単語を思わず口走ったミナトであるがシャーロットには可愛く首を傾げられてしまった。いつかシャーロットにも分かってもらいたいミナトである。


 そうこうしている内に暗殺者と思われる集団との距離は大分縮まってきた。どうやら暗殺者は四人組らしい。フォーマンセルという単語を思い出すミナト。どうやら一人はかなりの魔法の使い手らしい。各自が一定の距離を置き裏通りの人影が完全に無くなるタイミングを計っているようだった。


 十メートル以内ほどに近付いたが高度な隠蔽魔法を施したミナトとシャーロットに彼らは気付くことができない。すると建物の屋上に陣取った暗殺者四人が白刃を取り出した。どうやら仕事に取り掛かるらしい。


『ミナト?』


 シャーロットの念話にミナトは頷くと暗殺者たちが平らな足場に陣取っていることを確認し心の中で魔法を唱える。完全無詠唱は超がつく高等技術だとシャーロットが教えてくれたが闇魔法Lv.MAXのミナトにとっては簡単で…。


堕ちる者デッドリードライブ…』


【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。


 ターゲットは暗殺者たちの意識レベル。それを極限まで低下させようと試みる。デバフが意識レベルに作用するのか不安があったが、上手くいったのか暗殺者たちがバタバタと意識を失いその場に倒れ込んだ。


 眼下では老人がしっかりとした足取りで歩いている。


「相変わらずミナトの闇魔法は規格外ね。普通、四人を無力化させるのであればある程度の戦闘は避けられないものなのよ?」


 シャーロットが感心したように言ってくる。


「そうなのかな?でも精神に作用する魔法って結構あるんじゃないの?」


 元の世界のRPGであればそういった魔法も存在したと思い出すミナトである。使い勝手がいいものから使えないものまで様々だったと記憶しているが、


「あるにはあるけど混乱、睡眠、麻痺、毒に関しては防ぐ魔道具があるのよ。かなり珍しいもので一般には販売されていないけど暗殺者をするような連中は持っている場合が多いわ」


「なるほどね…」


「私は状態異常の耐性が高いから魔道具が無くても問題ないけど、ミナトは人族だしね。いつかはそういった魔道具を手に入れてほしいわ」


「確かに…」


 シャーロットにそう言われ納得するミナト。魔法に関しては卓越しているがその体は人族のままだ…、少し違ってきているようではあるが…。


「うふふ…。でも他の属性を司るドラゴンを従えたらそういった耐性がついたりするかも…」


 シャーロットが含みのある笑顔を浮かべて言ってくる。夜の闇に紛れているがそれでも笑顔の美しさが隠せていない。


「そ、それは人族じゃなくなっていくことにならないかなぁ…」


 シャーロットの笑顔を思わず見惚れるが強引に視線を外すと夜空を仰いでそんな言葉を漏らしてみる。そう呑気な会話をしているうちに老人の姿が遠ざかった。


「おっと…、シャーロット!あの老人を追ってくれないかな?貴族らしいからなんて名前の家なのかを確認してほしい。あまり深入りする気はないけどそれくらいは知っておいてもいいかなって…」


「いいけど…、ミナトはどうするの?」


「おれはこいつらを起こして後を追うよ。誰が手引きしたのか分かるといいのだけど…。ま、ちょっとした興味かな…。昔、そんな感じで話が展開する剣客の親子が活躍する小説を読んだから…。これ以上はおれ達には関係ないと思いたいけれど…」


 そう説明するミナトの前には美しい顔に疑問符を浮かべるシャーロットがいた。


「小説…?その小説のことは後で教えてよね?とりあえず私はあの人を追うわ!ミナトも気を付けて!」


「シャーロットも気を付けて!」


 ミナトはそう答えて夜の街へと駆け出すシャーロットの背中を見送るのだった。

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