第60話 美味いといってくれたお客
老人はジン・ソーダと呼ばれた飲み物が満たされたグラスをしげしげとみる。
「頂くとしよう…」
そう呟いて徐にグラスを持つと、ゆっくりと口へと運ぶ。
「ほぅ」
という声が漏れる。ミナトはお通しのナッツを小皿に盛る。ピスタチオそっくりのナッツがマルシェに売っていた。ちなみに名前もピスタチオ。今日はもうこれしか残っていない。この店ではお通し代やテーブルチャージはとっていない。アルカンやバルカンに聞いたところそういった習慣はないとのことだった。そこでお通しを含めちょっとした料理を出したかったミナトはお通しを無料とした。とりあえずこの一ヵ月は利益が出ているので問題ないことにしている。
「これは不思議な飲み物だな…。この刺激は初めてだが確かにジーニがさっぱりと飲める」
一口含むとそんな感想を呟く。
「リムの味もアクセントとなっておるか…。ふぅむ…。店主!美味いぞ!見事なものだと言っておこう」
どうやら気に入ってくれたらしい。満足げな笑顔を見て内心ほっと胸を撫で下ろすミナトであった。
「ありがとうございます。こちらはお通しです」
ミナトは小皿に盛られたナッツを差し出す。
「ん?お通しとは?このナッツは注文していないのだが…?」
「お通しとはお酒を頂くときに一緒に召し上がって頂くちょっとした食べ物です。サービスですのでお代は頂いていません」
「そうなのか…。それがこの店のルールであるというのであれば頂くことにしよう」
「ごゆっくり…」
ミナトそう言って頭を下げた。閉店間際であるがお客として迎えた以上は楽しんでもらいたかった。
「ふふ…。その気遣いには感謝するが、閉店間際であったのだろう?これを頂いたら帰るのでな…。しばし…、ジン・ソーダと言ったか?この酒を楽しませてくれ…。…うむ、ピスタチオとは久しぶりだがこれはこういった酒に合うのだな。うまい組み合わせを考えたものだ…」
いい笑顔でそう言ってくれる。お通しも気に入ってくれたようで嬉しいミナトである。
そうこうしている内に目を覚ましたバルカンが帰宅するので会計を済ます。この店では一杯一律でディルス銀貨二枚である。
この世界の貨幣価値は
ディルス鉄貨一枚:十円
ディルス銅貨一枚:百円
ディルス銀貨一枚:千円
ディルス金貨一枚:一万円
ディルス白金貨一枚:十万円
少し高めの設定にしたミナト。その設定においてカウンターでのお会計でディルス金貨を五枚払ったバルカンは明らかに飲み過ぎであった。
「ありがとうございました」
店の外まで出て見送るミナト。これも大事なことだ。
「相変わらず美味かった。これでまた明日から頑張れるというものよ!」
そう言ってバルカンはガハハハッっと笑う。
「しかしミナト殿…」
突然、豪快に笑っていたバルカンが声を潜める。
「何か…?」
問いかけるミナト。
「あの老人は恐らく貴族じゃ…」
「やっぱりそうですかね…」
「うむ。ま、貴族が出入りするようになったとしても、ここルガリア王国は他国と違ってまともな貴族が多い。嬢ちゃん達を見ても騒ぎになることは無いと思うがの…」
嬢ちゃん達とはシャーロットとデボラのことだ。どうやらバルカンは彼女達が貴族から言い寄られることを心配してくれているらしい。確かに二人は絶世の美女であるしそう言われてみるとそんなテンプレ的展開もあったような気がするミナトである。
「は、はい…、気を付けます…」
シャーロットとデボラは相当に強い。面倒なことになったとしても彼女達は安全なのは間違いないが、それをバルカンに伝えることができないミナト。
「エルフの嬢ちゃんは魔法が使えるから自分の身は自分で守れるとは思うが…。ちょいと気になったのでな…。すまん、お節介じゃったわい。まあ王位を巡った暗闘などは普通にあるらしいからな…。貴族というのは面倒なものよ…。では失礼する!」
バルカンを見送ったミナトは店内へと戻る。するとジンソーダを飲んでいた老人が声をかけてきた。
「店主!美味かった。儂も帰るとしよう。会計をお願いできるかな?」
「ディルス銀貨二枚を頂きます」
「分かった…」
会計を済ませた老人も店を出る。店の外まで出て見送るミナト。
「楽しませてもらった。また来させてもらうとしよう」
そう言って大通りの方へと歩いてゆく。頭を下げて見送るミナト。
老人の姿が見えなくなった瞬間、はっとしてミナトは顔を上げた。街並みの屋上を伝って老人を追いかける者達の魔力反応を感知したのだ。随分と物騒な魔力を感じる。
「嫌な魔力の反応ね?」
突然、話しかけられて驚くミナト。
「シャーロット!?」
音もなくシャーロットが背後に立っていた。
「ミナト。あの連中はきっと暗殺者よ?あの貴族の老人、狙われているみたいね。助けるなら時間がないわ。どうするの?」
そう言われて真顔になるミナト。以前、シャーロットとは自分たちの力について話し合い、権力には可能な限り関わらないと決めていた。ミナトとシャーロットが肩入れすればその陣営が勝つのだろうがそんな貴族の暗闘に付き合う気がないことを確認した二人であったが、
「シャーロット!あの人はカクテルを美味いと言ってくれたお客様だ。常に護ることなんてできないけど、今日だけは助けたい…。いいかな?」
「ふふ…。ミナトのそういうところは嫌いじゃないわ。私も手伝う。行きましょう!」
ミナトとシャーロットは老人を追って夜の王都へ駆け出すのであった。
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