第59話 真夜中のお客とジン・ソーダ
バルカンはグラスを手に取るとブラッディ・メアリーと呼ばれたカクテルを口へと運ぶ。
「ほぅ…。トマトの味が効いておる…、がウオトカもなかなかの存在感…。これは美味い…、美味いな…、そして面白い…。だがミナト殿!美味いと思うのだが初めての味に儂の方が戸惑ってしまっておるわい」
「ストレートやウォッカアイズバーグに比べるとゴクゴク飲めるのでちょっと感じが違うと思います」
「確かに…。それにしてもトマトか…。ここ数年、王都で見かけるようになった野菜じゃがこのような使い方があるとはの。儂はサラダでしか食ったことがなかったわい」
「火を通しても美味しいですよ。そう言う料理もあります」
「そんな食べ方もあるのか?」
「ええ。今度お通しに出しますよ」
「それは楽しみじゃ。ここで食べるお通しなる一口料理は美味いからな」
そう言われるとミナトは嬉しい。この王都は街のあちこちで常時マルシェが開かれており新鮮な野菜を手に入れることができる。冷製ラタトィユでも作ってみようかと思うミナトであった。
そうしてバルカンのカクテルも残りわずかとなったとき、ミナトはふと顔を上げスモークの張った窓へと視線を送る。店へと向かってくる魔力の反応に気が付いた。どうやら魔法が使える人物がここに来るらしい。シャーロットから魔法は貴重な才能と聞いている。
『ラストオーダーは終わってる…、お客であれば…、どうしたものか…』
そう思っているとドアが開かれた。
「いらっしゃいませ!」
「おっと…、どうやら酒の飲める店らしいな…、もう遅いが一杯だけ貰えるかね?」
店内を一瞥してそう声をかけてきたのは白髪の老人であった。皺の深いその顔と真っ白な髭は相当の年齢を重ねていると思うのだが、ミナトはその年齢を測りかねた。酔ってはいるようだがふらつくこともなくしっかりとした足取りでカウンターへと移動するその姿が年齢を感じさせなかったのである。細身ながらも体つきはしっかりしているし、着ているものも上等なものらしい。老人はカウンターの一番奥に座っているバルカンとは反対側のカウンターへと腰を下ろした。
「ラストオーダーは終わっているのですが、一杯でしたらお作りしますよ?」
毎回、このようなことをしていると営業時間がずるずると延びる遠因になるのだが、初めてのお客様は大切にしたいと思いそう答えるミナト。
「うん?作る?儂はジーニを一杯でも飲めればと思ったのだが…?」
「はい。ジーニをそのままでもお出しすることは出来ます。ですが既にお飲みになっているようですしもう遅いですからね…。次が最後の一杯でしたらもっとさっぱりとした飲み物をお勧めしたいと思いますがいかがですか?」
視線の端にいるバルカンが寝てしまいそうであるのだが、とりあえず目前のお客に集中する。
「ほう…、そんな飲み物があるのかね?」
「ジーニがお好きでしたら、それを使った飲み物をお作りしますが…?」
「君の言うその作るという酒に興味がある。任せるので儂が美味いと思える飲み物をお願いできるかな?」
「ジーニとリムを使った飲み物などいかがですか?」
「ん?ジーニにリムの果汁を入れるのかね?よくある飲み物だと思うのだが…」
「少し工夫します。試して頂けますか?」
「面白い。お願いするとしよう…」
「ありがとうございます」
ミナトは軽く頭を下げるとカクテルの準備に取り掛かった。
使用するグラスはタンブラー。ライムをカットし、冷凍庫からジンのボトルを取り出した。タンブラーに氷を入れてライムを絞る。今回は果汁を少しだけ入れることにした。バースプーンで氷を回し氷にライムの香りを纏わせる。メジャーキャップを使って流れるような所作でジンを注ぐ。そうして冷蔵庫から取り出すのは炭酸水。開店前にシャーロットがビンに詰めてくれたものだ。ジンが注がれたタンブラーを炭酸水で静かにゆっくりと満たしてゆく。
老人は最初呆気にとられたかのように固まっていたが、すぐに意識を取り戻すと食い入るようにミナトの手元を凝視していた。
「き、聞いてもよいかな?そのボトルに入っている泡が出ている液体は一体…?」
「これは炭酸水といいます。これを使うとジーニがさっぱりと飲めるようになるんです」
「は、初めて見たのだが…、の、飲んで平気なものなのだろうな?」
「ええ。当店のお客様はよく飲まれていますよ。もちろん私も…」
そうは言ってみるが、大半のお客がドワーフとレッドドラゴンであることを思い出して少しだけ汗をかくミナト。ま、飲み過ぎない限りは大丈夫な筈だ。
「そ、そうか…。それにしてもこの夏場に贅沢に使っている氷は一体…」
モゴモゴと口籠る老人の呟くはミナトの耳には届かなかった。
ミナトはグラスに満たされたカクテルをバースプーンで軽く混ぜる。
「ジン・ソーダと言います。どうぞ!」
そう言ってミナトは静かにグラスを差し出す。視線の端にいるバルカンはもう動いてはいないようであった。
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