第二章 Barの様々なお客たち
第58話 ブラッディ・メアリー完成
「ミナト殿!最後の一杯を頂きたいのう…」
「バルカンさん。大丈夫ですか?大きなお仕事が終わったのでそのお祝いとは伺いましたが、いくらドワーフといっても呑み過ぎでは?」
ここはルガリア王国が王都の一角。ミナトが開業したBarである。職人街、商業地区、学生街からも近いあたりの表通りは常に賑わっている。しかし裏通りに一本入ったこのBarの周囲は比較的静かなものであった。
開業から一ヵ月、馴染となったドワーフの職人達や人化したレッドドラゴン達はよく来るがまだまだ新規のお客は少なかった。ミナトは特に店の宣伝もしていない。現状は『知る人ぞ知る』というか『知るドワーフとドラゴンぞ知る』といった状態であると言えた。レッドドラゴンが普通にいる店…、それだけで超危険地帯に認定されても仕方がないのだが、そこは考えないことにしているミナトである。ちなみにドワーフとレッドドラゴンは何故か結構仲良くやっていた。
季節は夏。これから二ヵ月程は暑い日が続くという。ビールを店で出したいミナトであるが、残念ながらまだこの世界でラガーやエールといったビールの類を見つけることは出来ていなかった。
もう随分と夜も遅い。シャーロットとレッドドラゴンのデボラには既に上がって貰っている。今日の最後の客はドワーフのバルカン。金属加工を得意とする職人でありミナトが扱うジガーとも呼ばれるメジャーカップ、シェイカー、バースプーン、ストレーナーなどは彼の作だ。最近、姿を見せていなかったがどうやら大きな仕事が終わったらしく久しぶりにやってきて冷やしたウォッカのストレートをもう随分と飲んでいた。
「ふっふっふ。ドワーフに飲み過ぎなどという言葉は存在しないのじゃ!」
「そう言ってこの前は家に辿り着けなかったって仰っていたじゃないですか?今日はこの辺りで…」
「ミナト殿!そのように酷なことを言うではないわ!やっとあの銀細工を完成させたのじゃぞ!?あと一杯くらい…、よよよ…」
「分かりました!分かりましたから泣かないで下さい!一杯だけですよ!ストレートじゃなくてカクテルにしましょう!」
「もちろんウオトカと使ってくれるんじゃろうな?」
「もちろんです。ちなみに新作ですよ?」
「ほう…」
バルカンの眼が光る。その様子を視線の端に捉えながらミナトは準備を始めた。
使うグラスはタンブラー。そして冷蔵庫として使用している棚から取り出したのはトマト。味も形も日本にいたときとほぼ同じものが手に入ったのは本当に運がよかったと思うミナトである。洗ったトマトを陶器で作られたおろし器でゆっくりとすり下ろす。日本での修業時代はトマトジュースを使用していたミナトであるが、この世界にトマトジュースは販売されていなかった。フレッシュ(ジュースではなく果実や野菜をそのまま扱うこと)で作るBarは日本にも多くあったのでミナトはそれに倣うことにした。
先ずはタンブラーに氷を入れバースプーンで軽く回す。バースプーンがあるとやはり様になる。タンブラーを用意したうえで、シェイカーに冷凍庫でよく冷やされたウォッカ。今回の銘柄は
「これがあるなんて…」
思わず呟いてしまう。小瓶に入った赤い液体。馴染となったマルシェに出店している商人から仕入れたものである。彼が言うにはルガリア王国の南にあるという岩塩の採掘で有名な国から入ってきたものらしい。かの国では料理に辛みを加えるときに使うということだった。その見た目と説明でおよそ確信していたミナトはなかなか売れずに困っているというその商品を味見した瞬間、即買い占めに走った。
この世界では名もない調味料。しかしその実態は…、
「バルカンさん。辛くします?」
「ほぉ!辛みを入れるのか?」
「少し入れると美味しくなりますよ?」
「今回はお任せしよう」
「畏まりました」
そう言うとミナトはシェイカーに最後の調味料、前の世界でタバスコと呼ばれていたものを数滴垂らす。バースプーンでかき混ぜ味を確認する。
シェイク用の氷を冷凍庫から取り出す。シェイカーに氷を入れストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。
「相変わらず見事な所作じゃな…」
酔いながらもバルカンがそう呟く。
シェイクが終りシェイカーからトップを外すと出来上がったカクテルをタンブラーへと静かに注ぐ。
「おお!ウオトカを使用した赤いカクテルか!!」
バルカンが驚嘆の声を漏らす。
「ブラッディ・メアリーと言います。どうぞ!」
そう言ってミナトは静かにグラスをバルカンへと差し出すのであった。
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