第54話 対エンシェントトレント

 ヒョオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 醜悪な表情を浮かべてこちらを見下ろしている超がつくほど巨大な魔樹の雄叫びが響き渡る。


「来るわ!!」


 同時に地面が揺れる。ミナトとシャーロットは咄嗟に飛び退き距離を取た。先程まで二人がいた場所に土で作られた無数の槍が出現する。


「エンシェントトレントの魔法…、地槍グランドランスね。魔法まで使えるなんてエンシェントトレントの中でもかなり上位の存在ってことかしら?ますます高級木材に見えてきたわ!」


「ま、そうなんだろうけど、トレントって魔法を使うんだね…」


「一部の上位種のみよ!ミナト、木材の質を優先するならあなたの闇魔法じゃないと難しいわ!私はサポートに回る。気絶してる連中は私に任せて!!戦い方はエルダートレントと基本は同じで大丈夫!!」


「了解!!堕ちる者デッドリードライブ!!」


 ミナトが闇魔法を詠唱する。そんなミナトに先端が鋭利な刃物状となった無数の枝が殺到した。エルダートレントの枝による攻撃に比べると数も速さも段違いである。既に堕ちる者デッドリードライブの効果は発現している筈ではあるが、このままでは効果が表れる前に枝先がミナトへと届いてしまう。


「ミナト!!」


「シャーロット!大丈夫だよっと…、悪夢の監獄ナイトメアジェイル!!」


 新たな詠唱と共にミナトの足元の影から漆黒に彩られた鎖が出現した。触手のように有機的な動きをするその禍々しい漆黒の鎖は瞬く間に同心円状にまとまると一枚の板上に形状を変化させミナトに枝を全て受け止める。それと同時に枝が粉々に砕け散った。


「おっ、堕ちる者デッドリードライブはきっちりと効いてるな…、っと!!」


 エンシェントトレントの内部の魔力反応が上がったことを感知しミナトは回避行動をとる。地面から次々と土の槍が出現する。デバフの効果により先ほどよりも速度が落ちているようだが、まだこれだけの魔法攻撃をする余裕はあるようだ。


「その巨体だから魔力は膨大ってことかな…、それじゃ、さらに悪夢の監獄ナイトメアジェイル!!」


 ミナトの足元の影からさらに無数の鎖が出現しエンシェントトレントへと襲い掛かった。



【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!



【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。



 どちらも太古からその化け物じみた威力の伝承のみが一部の王家や研究施設に伝わっている伝説の闇魔法である。それを苦も無く二重詠唱として使用しているミナトは明らかに規格外の存在であった。エンシェントトレントのぶっとい幹や空を覆うように張り出している枝の数々に夥しい数の漆黒の鎖が絡みつき、その動きを封じてゆく。魔力の動きは感じられない。悪夢の監獄ナイトメアジェイルの効果でもはや魔法は使えないようだ。


「えっと…、シャーロット?さっきみたいに幹をバッサリやってみる?引っこ抜くこともできそうだけど…」


「そ、そうね…。折角だから引っこ抜いてからミナトの魔法で魔石を破壊しましょう。世にも珍しい…、っていうかまだ誰も見たことのないエンシェントトレントの完全標本が出来上がるわ!魔王を超えた存在でないとできない所業よね」


「おれはまだ人族だからね!!」


 そう言いながらもミナトは魔力を行使し悪夢の監獄ナイトメアジェイルの鎖でエンシェントトレントを轟音と共に引っこ抜いた。そのまま近づいて右手をかざして冥獄炎呪ヘルファイアを唱えるとエンシェントトレントは完全に沈黙した。


 エンシェントトレントはその再生能力と攻撃力から人族での討伐は不可能とまでされている魔物である。シャーロットであっても単騎の討伐では森に甚大な被害が及ぶような炎の魔法が必要な魔物だ。動きを封じて頭部にある魔石のみを冥獄炎呪ヘルファイアで…、それも周囲にほとんど被害を出さないで…。


 それは悠久の時を生きてきたシャーロットでも見たこともないシュールな光景であり、闇魔法 Lv.MAXであることがどれほどとんでもないことであるかの証明でもあった。


「お疲れ様!!ミナト!強すぎだわ!闇魔法を使う時はくれぐれも自重を忘れないでね?じゃないと魔王への道まっしぐらよ?」


「おれはまだ人族だよ!!」


「ま、冗談はさておき、私のマジックバッグならエンシェントトレントを切り刻めば結構な木材を持ち帰れるわ!完全標本として売ったら数十年は遊んで暮らせそうだけどきっと大騒ぎになる。それは嫌でしょ?」


「もちろん!それでお願いします!」


「あとはあっちの連中とエルダートレントよね…」


 二人の視線の先には気絶した冒険者とエルダートレントの死体があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る