第53話 狩りの時間

 エルダートレントの巨体が横ざまに倒れる。そのあまりの光景に冒険者は息をするのも忘れたかのように固まった。そんな冒険者を尻目にミナトはシャーロットを伴い倒れたエルダートレントの頭部付近へと接近する。


 エルダートレントはピクリとも動かない。


 トレントの魔石は頭部付近に埋まっているという。このエルダートレントの魔石はまだ破壊されていないのでこの魔物はまだ生きている。そしてその眼は未知の攻撃を受けたことへの戸惑いとそれを行ったであろうミナト達への怒りに満ち溢れている…。しかし至高のデバフ魔法である堕ちる者デッドリードライブの効果で既に枝先一つ動かすことすらままならない状態に追い込まれていた。


「えっと…。トレントの魔石は頭部付近の中に…、あ、魔力の反応がある。よかった…。シャーロット!これならおれにでも分かるよ」


「うふふ…、いいセンスしていると思うわ。魔力感知はまだまだ発展途上だけどこれからも頑張りましょうね」


 全く緊張感のない状態で楽しそうに話すミナトとシャーロット。そうしてミナトは右手をエルダートレントの頭部へと向ける。


「(とっても弱い威力で…)冥獄炎呪ヘルファイア


 先程と同様、周囲の冒険者には聞こえない音量でそう呟くと、エルダートレントの眼から光が失われる。訪れる沈黙…、討伐されたのである。


 冥獄炎呪ヘルファイアは全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出す魔法。その威力や適用範囲はミナトによる任意の発動になるので魔石の位置さえ分かればそれ以外の素材を全く傷めることなく魔石のみを燃やし尽くすことも容易であった。


「本当は魔石も入手できればよかったんだけど…」


「木材を優先した場合、魔石を取り出すのは難しいと思うわ」


「シャーロットが使ったさっきの風魔法でざっくりとか…?」


「それは出来るのだけど…、えっと…、今の時代に伝わっているかは分からないけどトレントの本体を木材として使用する場合、魔石を取り出すと木材の品質が下がるのよね。ミナトがやったみたいに魔石を内部で破壊すると劣化が起こらないとされているのよ」


 最後の方は小声でシャーロットがそう教えてくれる。なんでそれを知っているのとは聞かないミナトである。


「へぇ!さすが先生!いろいろと教えて頂き感謝します!!」


「ふふん!もっと褒めてもいいのよ!」


 胸を張ってポーズを決める美しいエルフ。その姿は相も変わらず抜群に美しかった。


 その後、二人が、


「素材どうしよう?」

「やっぱりあっちの冒険者達との交渉になるわね…」

「ならいっそのこと全部放棄した方が…、この後…」

「そうね…」


 などといった会話をしていたき、


「はっ!」

「ほ、呆けるな!!トレントは再生する!!」

「体勢を立て直せ!!」

「お前達!!不用意に近づくな!!」

「何をしたかは知らないがこれだから素人は…」


 固まっていた冒険者達が動き出した。どうやら五人組のパーティらしい。背後に庇っている女性の護衛として雇われたのだろう。見た目が若いせいか随分と侮られているような気もするミナトである。


「えっと…、もう死んでいるから大丈夫ですよ?ほら!」


 そういってペチペチと巨大な幹を叩いてみせるミナト。


「「「「「え!?」」」」」


 戸惑う冒険者達。


「それよりも背後の人を連れて早く逃げた方がいいですよ?」


「そうね…。冒険者の命は自分の責任だけど、あなた達は護衛依頼の最中なんでしょ?依頼者の安全のためにも早くここを離れなさい!」


 何故かシャーロットはミナトのような親しい者以外にはあたりが少し強い…。


 それでも一応は心配して言ったのだが冒険者達はそうは捉えなかったらしい。一人の男が前に出てきた。大剣を持っていることから剣士らしい。


「このパーティのリーダーをしているゴロスだ。助太刀をしてくれたことには感謝しているがどういうつもりだ?この素材は共闘で得られたものだ。お前達に独占する権利はない筈だが?」


「え?ちがいます!ちがいます!おれが言っているのは近くにもっと大きな反応があるからここにいると危ないよって…」


 意図が伝わらなかったことに慌てたミナトがそう言うが、


 ゴゴゴゴゴゴゴ…。


 突如として地鳴りと共にミナト達の足元が大きく揺れ始める。


「おう!?」

「地震か!?」


 慌てふためく冒険者達。すると斃したエルダートレントの背後の地面が大きく盛り上がる。


「これは…」


 ミナトが呟く。大きい…、などという簡単な表現にできるものなどではなかった。見上げると先ほど斃したエルダートレントに比べて幅は四倍、高さはゆうに五倍を超える大きさの巨大な樹木がこちらを見下ろしていたのである。


「「「「「「…」」」」」」


 どうやら威圧のスキルに近いもの発動されたらしい。冒険者達五人と護衛対象であろう女性一人が同時に意識を失った。


「あ…、だから言ったのに…」


「しょうがないわよ。冒険者って変なプライドを持っている奴も多いもの。それに気絶してくれた方が私たちは動きやすいわ!」


 二人に威圧の影響は見られない。シャーロットは流石であるが、ミナトも平気なのは【保有スキル】の泰然自若が効果を発揮しているからだろう。


「ま、それもそうか…。それにしても大きなトレントだね」


ミナトの言葉にシャーロットは笑顔で頷いた。


「ミナト!私達超ラッキーよ!!あれはエンシェントトレント!!最高の木材だわ!!あれの素材でバーの内装を造りましょう!!いや…、建物を建て替えてもいいかもしれないわ!!」


「それって店じゃなくて要塞だよね…。……でもそれも面白いか…」


 シャーロットのとびきりの笑顔につられてミナトも笑顔なる。


「そうと決まれば…」


「ええ!!」


 二人は戦闘態勢に入る。


「狩りの時間だ!!」

「狩りの時間ね!!」


 二人の楽しい狩りという戦闘が始まろうとしていた。

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