第43話 火の大樹

「ミナト殿…、これがお探しの品だ」


 その言葉と共に一抱えほどもある真紅の紅玉がミナトへと手渡される。ずっしりと重くそして激しい熱量を内包したかのように紅く美しく輝くその紅玉を手にしたミナトはほっと息を吐いた。


「これが炎竜の紅玉レッドオーブ…」


 そんな呟きが漏れた。


「ミナト!よかったわね。これを持ち帰って依頼達成よ。お店が手に入るわ!」


 にこやかに微笑むシャーロットにそう言われて、改めて非常に希少なものであることを思い出したミナトが顔を上げる。


「本当にいいのかな?」


 我に返ったように聞き返すミナトを前にして人の姿をとったレッドドラゴンである紅い髪の美女が声を上げて笑う。


「はっはっは。一つくらいなら何の問題もない。全て持っていかれるのは流石に困るがな。その証拠もお見せしよう」


 そう言ってレッドドラゴンの長はミナトとシャーロットを全てが紅いクリスタルで造られた『火の大樹』へと誘う。その巨大な根元には巨大な扉が付いていた。レッドドラゴンの長が近づくとひとりでに扉が開かれる。


「こちらだ…」


 そう言われて『火の大樹』の内部へと入るミナト。その眼前には空間全体を満たすかのように無数の炎竜の紅玉レッドオーブが山と積まれていた。


「これは凄い光景だ…」


 思わずそう呟く。


「ふふふ…。これだけあれば一つくらいは何の問題もないのだ。そもそもこの炎竜の紅玉レッドオーブは我らレッドドラゴンの魔力がその体内で結晶化したもの…。その紅玉を得ようとするのはそれを宝石と見做す人族や亜人だが彼らでは普通はここに辿りつけぬ」


 紅い髪の美女が笑顔でそう説明してくれる。


「そうなのか…。ではこの紅玉を頂くよ。本当にありがとう」


 そう言って頭を下げるミナト。


「その紅玉がミナト殿の助けとなるなら光栄だ」


 そう言って笑顔を浮かべるレッドドラゴン達。ミナトも笑顔になる。ここにミナトは炎竜の紅玉レッドオーブを手に入れたのだった。


「『火の大樹』も調子よさそうじゃない?」


 そんな中シャーロットが紅いクリスタルで造られた壁に手を触れつつレッドドラゴンの長へと声をかける。


「ええ。シャーロット様には本当にお世話になりました。我らレッドドラゴンは一族の誇りをかけてこの樹を守り育てます」


「それは本当によかったわ…」


「感謝の言葉もありません…」


 二人はとても感慨深げだ。二人のやり取りを見てミナトはシャーロットに問いかける。


「シャーロット?どういうこと?」


「ミ、ミナト!?ちょ、ちょっと昔にいろいろとあったのよ…。そ、それよりもミナト!この空間すごいでしょ?ここが『火の大樹』の心臓部。この世界の火属性は魔力も物質もこの樹を源にしているの。もっといえば火、水、風、土、光、闇のドラゴン達によって管理されているそれぞれの大樹のお陰でこの世界の属性の調和が保たれているのよ」


 慌てて話題を変えようとするシャーロット。それを聞いたミナトはシャーロットの昔話をひとまず脇へと置き、元の世界で彼がやったことのある有名なRPGに似たような設定があったことを思い出す。そしてRPGと同様にそれクリスタルが砕けると大変なことになることまでが容易に察せられた。


「シャ、シャーロット…。またおれはこの世界の秘密を知ってしまったのかな…?」


 呆然とするミナトにシャーロットは微笑む。


「人族にしておくのが勿体ないくらいに世界の真実に触れているわね。さーすが!」


 思わず額を押さえて遠い目をするミナト。穏やかにバーテンダーとして働き、時々は冒険者として旅を楽しむくらいを考えてルガリア王国の王都で店を出すことを決めたのだが、想像以上にダイナミックな冒険をしている自分に軽く眩暈を覚えていた。


「それよりもミナト!忘れてない?」


 世界の真実などなんでもないと言わんばかりにシャーロットが話しかける。


「忘れてるって…?えっと…?」


「お酒よ!お酒!炎竜の紅玉レッドオーブを手に入れたから後はレッドドラゴン達が造っているっていうお酒を分けてもらうんでしょ?」


「あ、そうだった。」


 眼前の光景に圧倒されて忘れていたミナトであったがレッドドラゴンの長が笑顔で答える。


「それでは我らの畑に案内しよう。『火の大樹』の周辺は土壌が極めて豊かになるのだ。そこで酒の原料を造りその近くで酒造りもやっている。他の作物も植えているぞ」


「一体どんな作物を…?」


「我らはアガヴェと呼んでいる」


 ミナトはその答えに反応した。元の世界でも知っている作物の名前である。


『ということはテキーラがある…?』


 炎竜の紅玉レッドオーブを手に入れた喜びと共にミナトは期待に胸をふくらませるのだった。

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