第37話 戦闘開始

 空しく響くミナトの絶叫を気に留めることもない無数のレッドドラゴンの姿が空中にありミナトを取り囲む。


「シャーロット?あ…、いない…」


 どこかの物陰にでも隠れたのだろうか、これまでずっと助けてくれたシャーロットの姿がミナトの傍らから消えている。当然の如く戸惑う…、と思ったミナトであるが不思議と落ち着いている自身の状況を感じ取る。スキル『泰然自若』が発動しているのだ。


 ミナトは改めて周囲を飛ぶレッドドラゴンの群れを確認する。一体一体の位置と動きを正確に脳内へと刻み込む。初めて出会った王都の東にある大森林でシャーロットから教わった戦い方である。


『いいミナト?あなたの闇魔法はLv. MAX。魔法はあなたが思い描いた通りに制御できる。でもそのためには標的の正確な捕捉が必要になるわ。相手を正確に捕捉して魔法を発動させるのよ!』


 そんな奇麗な声が今もミナトの耳に残っている。その声と修行で殺されかけたことを同時に思い出しミナトは複雑な表情をしたが直ぐにその表情は引き締まる。


「話し合いは難しいらしいな…、ここは力を示すことにしようか…」


 ゆらり…。ミナトの周囲の風景がほんの少し歪んで見える。魔法を使えるものはこの世界では極めて少ない。そして高レベル…、所謂、魔力の制御に長けた実力者はこの世界にはさらに限られる。そんな実力者が見ればミナトの周囲に夥しい闇の魔力が揺らめいていることをその強大な魔力量と共に目の当たりにしただろう。


 これもシャーロットから教わった魔力を持つ相手を対象とした威嚇の方法である。卓越した魔法の使い手は相手の実力を測る力も優れている。魔力量という力を示すことでそんな相手の戦意を削ぐことを目的としたものだ。実際、レッドドラゴンの群れには明らかな動揺が見て取れる。


「怖気づくな!!魔力はあっても所詮は脆弱な人族!!今こそ我らの覚悟と誓いを示すのだ!!」


 先制攻撃をして話しかけてきたひと際大きな個体の怒号が響く。その言葉に触発されたのかレッドドラゴンたちの口から紅い光が漏れ始める。


「あ、威嚇の意味が…。ブレスってやつを吐く気かな…、たしか喉の奥か胸にある内燃器官で生み出される熱を攻撃に用いるんだっけ…?」


 ミナトがそう独り言を呟く間にレッドドラゴン達の攻撃準備が整ったらしい。夥しい数のファイアブレスがミナトを襲う。


悪夢の監獄ナイトメアジェイル!」


 そう唱えたミナトの足元の影から一本の漆黒に彩られた鎖が出現する。魔物が持つ触手のように有機的な動きをするその禍々しい漆黒の鎖は瞬く間に球状にミナトの姿を覆い隠した。そこに無数のファイアブレスが着弾する。


 広大なホール状の第十階層を埋め尽くすかのように爆音が響き、膨大な熱量が溢れる。舞い上がった煙と粉塵でミナトの姿は確認できないが通常の冒険者であれば消し炭になっているだろう。


「どうだ!魔王の先兵よ!これが我らの覚悟と誓いの力だ!!」


 勝ち誇ったような声が響く。どこからともなく風が吹き煙と粉塵を吹き飛ばす。


「い、いや…、無事だったりして…?」


 マグマのように煮えたぎる地面の上に球状に変化させた漆黒の鎖を足場にしてバツの悪そうな表情と共にミナトがその姿を見せる。周囲の熱も彼には届いていないらしい。


「な、なにい!!!」


 驚愕の声を上げるひと際大きなレッドドラゴン。


「あの…、レッドドラゴンさん?おれの話を聞いてくれないか?」


 煮えたぎる大地も周囲を取り巻く熱風も全く意に介さず落ち着き払ってそんなことを言い出す人族の若者の姿にレッドドラゴン達は戦慄する。


「だ、だまれだまれだまれ!!魔王の手先と話す言葉など持ち合わせてはおらぬわ!!」


「だから違うって…」


「皆の者!!いま一度我らの力を示すのだ!!あの身を護る鎖は一本だけ、それさえ壊せば我らの勝利だ!!」


 再びミナトの言葉が遮られる。再び口から紅い光が漏れ始めたレッドドラゴンの群れを前に、


『は、反撃するけどいいかな…、手加減を忘れずに…っと』


 そう心の中で呟くミナト。次の瞬間、ミナトの声がレッドドラゴン達の耳へとはっきりと届いたのだった。


悪夢の監獄ナイトメアジェイル!」

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