第36話 交渉を試みる

「ドラゴンね…」


 もうもうと上がる粉塵の中、そう呟くシャーロットは広大なホール状となっている『火のダンジョン』第十階層の上空を見つめていた。この粉塵では向こうからこちらの姿は見えてはいないだろう。そんな状態でもシャーロットは相手を正確に認識していた。


 その視線の先には灼熱の炎を纏いつつも広げた翼をはためかせることもなく空中に浮き、ゆっくりとこちらへ近づいてくる巨大な一頭のドラゴンの姿がある。纏っている鮮やかな炎に加え、熱を帯びたかのようにうっすらと紅く輝く翼や体表、その見た目はある種の神々しさや気高さを感じさせる外観であった。そんなドラゴンが迫ってくるのだが、シャーロットはいそいそと身に着けているローブのフードを被ってミナトの方へと視線を向けた。


「シャーロット???」


 その行動を見て表情に疑問符を浮かべたミナトは思わずそう声を上げる。


「ミナト!ドラゴンがこっちに来るわ!交渉をお願い!」


「交渉?」


 突然のシャーロットの言葉に声のトーンが上がるミナト。そんなミナトにぐっと親指を突き立ててみせる美人のエルフ。『火のダンジョン』内は各所に流れるマグマや赤熱した壁の影響で大部分がオレンジ色に照らされる。その特殊な環境による暑さ、明るさ、陰影がシャーロットからエキゾチックな魅力を引き出していた。その汗ばんだ美しい肢体は実に悩ましい。これまでとはニュアンスの異なるも相変わらずの圧倒的な美しさに戸惑うミナト。


「あれはレッドドラゴン。この世界を司る六つの属性、火、水、風、土、光、闇の中、火を司るドラゴンね。炎竜の紅玉レッドオーブは彼らの体内で作られる魔力の結晶よ。大丈夫!人語を解するドラゴンは話の分かる存在だから交渉で入手できるわ!」


「いやいや…、さっきいきなり攻撃されたんじゃ…?」


 どの辺りが話の分かる存在なのか分からないミナトは困惑する。


「ミナトは最強だから大丈夫!ね?お願い!」


 とびきりの笑顔と共にそんなことを言ういつになく強引なシャーロットに戸惑うミナト。しかし戸惑いつつもスキル『泰然自若』が効果を発揮しているのか頭は冷静に状況を分析していた。魔力はまだまだ豊富にある。先程のような火球ではミナトにダメージを与えることは不可能だろう。


「…………分かった…………。やってみるよ…」

「ふぁいとよ!ミナト!」


 よく分からないシャーロットからの応援を背中に受けつつ、なんとかなりそうとの希望的観測と共にミナトは舞い上がっている粉塵の中から外へと飛び出し、接近してくる巨大なドラゴンの前へと進み出た。


「ぬ…、人の身でありながら無傷とは…。我が眷属を薙ぎ払う魔力といい…、貴様…、何者だ?」


 先程と同様に重厚な声が響く。


「えっと…、『火のダンジョン』にやってきた冒険者…、かな?そう冒険者です。あの…、レッドドラゴンさん?お願いが…」


「冒険者風情に我がブレスを受け止める力があるものか!!」


 ミナトの言葉を思いっきり遮りそう叫ぶレッドドラゴンはまじまじとミナトを見つめる。


「…………その魔力は闇属性!!それもかなりの使い手!!さては魔王の手先か!!」


「い、いや違う!そうじゃなくてお願いが…」


「貴様のような手練れを送り込むとは魔王もいよいよ本気ということか…。よかろう…。かつて応えたように古の誓いにより我らが貴様らに与することは決してない!力づくでというのならやってみることだ!」


 そんな言葉と共に強烈な雄叫びを上げるレッドドラゴン。


「いや…、そんなことは一言も…、あ…、ヤバいかな…」


 慌てて弁明しようとしたミナトは周囲の夥しい気配に気付き言葉を飲み込む。いつの間にか周囲をレッドドラゴンの群れに取り囲まれていた。目の前にいる巨大な個体よりもやや小さめだがそれでもドラゴンである。A級冒険者のみで構成されたパーティでも全員が失神している状況だった。


「さあ!闘争を始めようではないか!我らの誇りを見せてやろう!!滅ぼせるものなら滅ぼしてみることだ!!」


 完全に戦闘モードに入っている。スキル『泰然自若』が効果を発揮していたのだろう…、ミナトは冷静にドラゴンたちの様子を確認していた。…とその瞬間、ほんの少し我に返った…。


「…………。ど、どうしてこうなったーーーーー!!!」


 ミナトの絶叫が『火のダンジョン』第十階層に響くのだった。

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