第35話 『火のダンジョン』での遭遇

 ギャッ!ギャッ!ギャッ!ギャッ!


 そんな断末魔の雄叫びと共にシャーロットが『サラマンダーよ!』と教えてくれた巨大な魔物が漆黒の炎に焼かれて消滅する。


「確かサラマンダーってサンショウウオのことだったよな…。魔物に爬虫類と両生類の区別があるかは分からないから、でっかいトカゲ型の魔物ってことなのかな…?」


 スキル『泰然自若』の効果だろうか…。妙に落ち着いた心持ちでミナトは周囲を取り囲む火炎を吐くトカゲ型の魔物サラマンダーに次々と漆黒かつ小さ目な炎を放ち続ける。久しぶりの獲物だと興奮しながらミナト達を取り囲もうとしたサラマンダーの群れは自身の攻撃範囲外から打ち込まれる冥獄炎呪ヘルファイアの乱れ打ちに成す術もなく斃されその姿を大きなルビーへと変えていった。


 サラマンダーはドラゴンの亜種とされブレスと呼ばれる高温の火炎による範囲攻撃に加え非常に高い物理耐性と水属性以外の高い魔法耐性を備えた魔物である。魔法を使えない冒険者の場合、剣聖のような特異な攻撃力を持つ者でもないかぎり武器で直接斃すことは不可能に近い。また魔法が使えたとしても唯一効果が高いとされる水属性の魔法は治癒や補助に関連するものが殆どのため効果的に使うことが難しかった。


 そのため冒険者がサラマンダーを討伐する場合、土属性の魔法を使える者数人で落とし穴を掘り、水魔法を使えるものがその落とし穴を水で満たすことで溺死を狙うことが一般的である。サンショウウオと呼ばれるのに水中で呼吸ができないらしいことを指摘したかったミナトであるがそこは堪えることにした。


 ただこの方法を行うためにはB級冒険者以上のパーティが複数必要であり、さらにサラマンダーが一匹であったとき限定の戦術となる。サラマンダーの群れに遭遇した場合は逃走一択というのが冒険者の常識であった。


 そんな厄介な魔物の群れに淡々と魔法攻撃を放つミナトの傍らでシャーロットはその戦いぶりに驚愕している。彼女の眼前に展開されるそれは悠久の時を生きてきたこのエルフにとっても信じがたい光景であった。


「地形、大気…、空間に殆ど影響を与えない単体用の攻撃魔法でサラマンダーの群れを斃すなんて…」


 思わずそんな言葉が口をついて出てくる。


 もちろん闇属性以外の全ての魔法がレベル八で使用できるシャーロットはサラマンダーの魔法耐性に関係なく辺り一面をサラマンダーごと吹っ飛ばしたり切り刻んだりすることも可能である。しかしそれはを使えば苦も無く斃すことができるということを意味していた。ミナトのように拳大の黒炎一つでサラマンダーの巨体を消滅させることはシャーロットでも困難を極める芸当である。


「これが闇魔法 Lv. MAX…。まさに魔王の所業よね…」


 ここは『火のダンジョン』の第十階層。『火のダンジョン』が何階層まで続いているのかは未だ解明されてはいないのだが、第十階層ともなると他の冒険者の姿を見ることは全くない。天井が遥かに高い極めて広大なホール状の空間には何しろサラマンダーの群れが生息しているのだ。A級冒険者のみで構成されたパーティであっても余程のことがない限りは命を惜しんで攻略しようとは思わないだろう。


「ミナト!魔力は?」

「まだまだ余裕がある!」

「ミナトって本当に強いわよね…」


 そんな会話を続けつつミナトはサラマンダーの数を減らしてゆく。そんな時、


「ミナト!!」


 鋭いシャーロットの声が届く。ミナトへ向かって巨大な火球が放たれたのだ。サラマンダーが放ったのではない。空中の遥か遠くから放たれたそれは凄まじい勢いでミナトに迫る。


「大丈夫!悪夢の監獄ナイトメアジェイル!」


 そう唱えたミナトの足元の影から一本の鎖…、漆黒に彩られた鎖が出現した。魔物が持つ触手のように有機的な動きをするその禍々しい漆黒の鎖は瞬く間に同心円状にまとまると一枚の板上に形状を変化させミナトに向かう火球を受け止める。それを確認すると同時にシャーロットも自身の周囲に結界を張った。


 ダンジョン内に爆音が轟き、灼熱の爆風が吹き荒れる。


「我が領域を荒らす不届き者が!!」


 ホール状の第十階層にそんな重厚な声が響き渡るのであった。

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