第31話 グラスと道具

「ふぉ………、こ、これは…、これは…」


 ウォッカアイスバーグの衝撃に呆然として意識を彼方へと飛ばしているバルカン。ミナトはそんなバルカンの様子を注意深く視線の端に捉えながらも空のロックグラスを二つ見つけてくる。


「シャーロット!」


「ふふふ…。はい!」


 もはや以心伝心、ミナトの言葉にシャーロットの手元が青く輝くと…、


 カラカラカラン!


 二つのロックグラスそれぞれに立方体の氷が二つ出現する。


「シャーロット、ありがとう!」


「えへへへへ…」


 シャーロットに感謝の言葉を述べつつもミナトの所作は止まらない。カウンターの傍らではバルカンが遠い目をしながら何やら呟いている。一応、バルカンには注意を払いつつ見事な身のこなしと共に二杯のウォッカアイスバーグが作られた。


「二人にも飲んでもらおう。どうぞ!」


 そう言ったミナトはうっすらと緑に染められた透明の液体で満たされたロックグラスをアルカンとシャーロットの前に置く。


「…頂こうかの…」

「ありがとう、ミナト!頂くわ!」


 そう言って二人はウォッカアイスバーグを口へと運ぶ。


「これは…、儂は燻り酒が専門じゃと自負しておるがこれは美味い…。燻り酒とは異なる…、なんと言えばいいのか…、この印象は…、涼やかさかの…?」

「美味しい…。スクリュードライバーを飲んだ時にも思ったけどウオトカってカクテルにすると癖のない味になるのよね…。これはその透明感が強調されている感じがするわ…。アブーの香りもこれなら美味しく感じられる…」


 二人の感想に笑みを浮かべるミナト。


「二人がそう言う感想を言ってくれると嬉しいよ…。ウォッカアイスバーグって名前は氷山って意味があってね…」


「氷山?」


 聞き返すアルカン。


「極地方面の海に浮いている巨大な氷の山よね?ほんの一部分しか海上に現れないから、海上の部分が山のように巨大でもさらに巨大な部分が海中にあるから注意しないと船が衝突してしまうのよね…」


 シャーロットは知っているらしい。


「その通り!海に浮かぶ巨大な氷の山のことを氷山って言うんだ。このカクテルにはその氷山のような透明感とか極地の海の厳しさとかそんな雰囲気を備えているって感じかな…」


 嬉しそうにミナトが話す。


「カクテルを飲んだイメージがその説明にぴったりだわ!」

「うむ。燻り酒とは全く異なるがこれは美味い!」


 シャーロットとアルカンは満足そうにカクテルを楽しむ。


「……なんということじゃ…」


 そんな呟きがミナト、シャーロット、アルカンの耳へと届く。


「これは…、この味は…、儂の芸術が追い求めていた透明感を…、氷のような静けさと冷徹さと気品を備えておる…」


 その言葉と同時にバルカンは信じられないくらいの勢いでカウンターを飛び越えミナトに詰め寄った。


「お主!一体何者だ!?」


 鬼気迫る勢いでそう問われたミナトは自分がバーテンダーという職業であること、そして今作ったウォッカアイスバーグはカクテルという飲み物の一つであることを説明する。そして…、


「もっと美味く作るためには道具が必要じゃと?」

「ええ。グラスに関してはアルカンさんにお願いできました。ですが使いたい金属製の道具が全く手元にないのです。それをバルカンさんに…」

「儂が作ろう!!」


 食い気味に力強く頷くバルカン。


「ドワーフは燻り酒をなどと呼ぶ習慣があるが、このウォッカアイスバーグこそは儂の魂そのものよ!その完成度を高めるために金属製の道具が必要というのであればそれは儂が作る!!作らなければならんのじゃ!!」


 バルカンの提案に喜ぶミナト。がっちりと握手を交わす。それを優しい瞳で見守るエルフ。『腕が鳴るわい!』と意気込むもう一人のドワーフ。


 夕闇に沈みつつあるルガリア王国の王都…、その職人街の一角で異世界から転生したバーテンダーはグラスと各種の道具についての目途をつけることが出来たのであった。

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