第30話 ウォッカアイスバーグ完成

「バルカンさんはウオトカが好みなのですか?」


 アルカンとバルカンが言い争う合間を縫ってミナトはそう問いかける。バーテンダーの口調で話しかけたミナトに何かを察したアルカンは押し黙り、バルカンがミナトの方へ視線を移した。


「あん?ああ…、儂はドワーフの中では変わり者でな…。こいつが儂に想像力と可能性を見せてくれるのよ…」


 そう言って透明なウォッカの入ったロックグラスを掲げる。それはどこかのアル中のような言葉にも聞こえるがどうやらバルカンは本当にそう感じているようだった。


バルカンこいつの言っていることも分からんではないのじゃ。儂とてグラスに注がれた燻り酒の姿を最も映えさせるグラスこそ至高と思う故な…」


 そうやや小さい声で教えてくれるアルカン。


『よかった…』


 シャーロットはそんなミナトの呟きが耳に届いたような気がした。


「バルカンさん」


 ミナトがバルカンに話しかける。


「なんじゃ?」


「いつもウオトカは常温をそのまま飲まれるのですか?」


「そうじゃな…。お主の言う常温をそのまま…。今もそうしておるしこれが普段の飲み方と言えるかの…。時にはレモンやリムの実ライムの果汁を入れることもあるがな…」


 ミナトの表情が明るくなる。


「なるほど…、よく分かりました。ところで先ほどアルカンさんに私の作った燻り酒のちょっと変わった飲み方を試してもらったんです。とても好評を頂きました。私はウオトカでも同じようなことが出来るのです。間違いなくあなたがこれまで飲んだことのない飲み方です。それが私の注文したい内容を説明することにも繋がると思うので是非とも試して頂けないでしょうか?」


「なに!?このウオトカに儂が飲んだことのない別の飲み方があるというのか?」


「バルカンよ、試してみるがよい。ま、度肝を抜かれても知らんがな…」


「兄者!?ずっと燻り酒を飲んできた兄者がそう言うのか!?この若者が言っている燻り酒の変わった飲み方とはそれ程の物なのか!?」


 アルカンの言葉にバルカンが俄に興奮し、そんなバルカンを前にアルカンがニヤリと笑う。


「儂はウオトカについては分からん。しかしミナト殿が作った燻り酒の飲み方は美味かった…。衝撃じゃった…。なにしろ儂の引退を辞めさせたくらいじゃからの」


「そ、それほどか…?」


 驚いた表情で再度バルカンはミナトへと視線を向ける。


「いかがでしょう?試してみます?」


「………もちろんじゃ…。美味いウオトカの飲み方が他にもあると言うのなら、試さぬわけにはいくまい…」


「ではそこにあるウオトカのボトルと空いているロックグラスをお借りしますよ…。それとこのカウンターを使わせて頂きます…」


 無言で頷くバルカンを見て、ミナトはボトルとグラスを持つと店のカウンターへ移動する。


「シャーロット!手伝ってもらえるか…」

「モチロンよ!スクリュードライバーを作るの?」


 いつの間にかミナトのすぐ傍に立っていたシャーロットが食い気味に台詞を被せてくる。いつものことながら夜の薄暗い店舗内であってもシャーロットの横顔は驚くほどに美しい。そしてこの店舗の薄い明りが昼に見たいつもの美しさにさらなるの妖艶さを加えたようでミナトは人知れず心臓が高鳴るのを感じたがスキル『泰然自若』の効果なのか瞬時に冷静さを取り戻した。


「いや…。あれは美味しいけどミネオオレンジが手元にないしね…。今回はこれを使おうと思う…」


 そう言って取り出したのは緑色の液体が入った小瓶。


「それってアブーよね?」


「ああ。これとウオトカを使ってカクテルを作るよ」


「面白そうね!」


 その様子にアルカンとバルカンは少し怪訝な表情を浮かべる。


「シャーロット。このボトルを冷やしてもらえるかな?温度はジーニのボトルを冷やしてもらった時と同じくらいで…。それとこのグラスにちょうどいい大きさの氷を二つお願いします」


「任せて!」


 ドヤっとポーズを決める美しいエルフ。何度も繰り返すが魅力的である。


「はいっと!」


 次の瞬間、青く輝いたウオトカのボトルが凍り付き、同じ色の輝きを見せたロックグラスには…、


 カラン!カラン!


 立方体の氷が二つ出現した。それを見たバルカンが驚愕の表情を浮かべる。


「おっけーだ!完璧だよシャーロット!」


「えへへへへ…」


「み、水属性の魔法!?こ、こ、これほど高度な魔力操作は…?あ、兄者?」


 狼狽えるバルカンをアルカンがまあまあと宥めているのを視線の端に感じながら、ナイフを取り出したミナトはグラスに入った氷をナイフでくるくると器用に回す。バースプーンを使いたい。是非ともバルカンに仕事を受けてもらいたいミナトであった。グラスの温度を確認し、ウオトカを静かに注ぐ。流石はプロのバーテンダー。道具がなくてもその所作は正確である。


 次にミナトはアブーことアブサンの小瓶を開けると数滴をそのグラスに落としナイフを使って軽く混ぜた。再びナイフを使って一滴を手の甲に落として味を確かめる。満足する出来だったミナトは、


「どうぞ…。ウォッカアイスバーグです」


 そう言ってバルカンの前へそっとグラスを置くのだった。


「……ウオトカにアブー…、…ま、まずは頂こうかの…」


 辛うじてそう呟いたバルカンはグラスを持つとそのカクテルを口へと運ぶ。


「!!!!」


 カクテルを口へと含んだその瞬間、職人の眼前には海上で美しくそして猛々しくそびえ立つ巨大な氷山の光景が広がるのであった。

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