第26話 ウイスキー・ソーダとグラスの関係

「こ、これは…」


 一瞬、グラスから口を話してそう呟いたアルカンは、


 ゴクゴクゴク…。


 次の瞬間には一息にグラスの中の薄琥珀色の液体を飲み干していた。そして、


「………………ん……ん……ん……んんんんんん………」


 そう地の底から響くような声を出しながらグラスを抱きしめるかのように蹲る。


「いかがでした?」


 落ち着き払ったミナトがそう声を掛ける。


「うまーーーーーい!!!」


 そう叫んで立ち上がったアルカンはミナトの肩をがっしりと掴んで激しく揺さぶる。


「お主!!一体何者だ!!この燻り酒に何をした!?この爽やかさと鮮烈さは何なのだ!!」


『やっぱり炭酸に初めて出会うとこんな感じになるのかな…』


 スキル『泰然自若』の効果か揺さぶられながらも冷静にそんなことを考えるミナトである。


「お、落ち着いて下さい。ちゃんと説明しますから…、そ、それにシャーロットの分も作らないと…」


「ならば儂にも説明の前にもう一杯じゃ!!!!」


「畏まりました…」


 先程と同じようにシャーロットに手伝ってもらい今度は二杯同時に作る。


「頂くぞ!!」

「ミナト!ありがとう。頂くわ」


 ゴクゴクゴク…。


 アルカンは今度も一息に飲み干してしまう。シャーロットは一口飲んで驚いたような表情を浮かべる。


「美味しいわ…。燻り酒ってちょっと焦げたような薬っぽいような香りがちょっと苦手って思っていたけどこれなら私も美味しく飲める…」


「もっと柔らかい薫りの燻り酒もあると思うけど、焦がしたような香りはピート香、薬っぽい感じはヨード香とかって言われている。燻り酒の作り方によってはこんな独特な香りがつくんだ。この香りの存在がこの酒特有の個性と美味しさに繋がっていると思うけど、苦手な人もいるからね。それにジーニとかと同じでこの酒も酒精が強い。ストレート…、そのままで飲むのも美味しいけど、水やこんなふうに炭酸水で割ると香りが柔らかくなるのと同時に風味が少し変わってまた美味しいものができるのさ」


「そうなのね…。そしてやっぱり炭酸水ってさっぱりしていいわ…、冷たいから飲みやすいし…。ねえミナト…、これってレモンの果汁とかを入れても美味しいのかしら…?」


「美味しいよ。それだけじゃなくてレモンや他の柑橘の果汁や果肉やピールを入れるとか、炭酸水の分量を調節するとか…、それに加えて氷の形もこういった立方体じゃなくて細かく粉々にした氷を使ったりするとまた味が変わってくるんだ。もちろん水で割った時も同じようにできる。そういった意味ではこの飲み方もバリエーションは無数にあると言えるかもね」


「お主は一体…??」


 若干放心状態のアルカンにミナトは向き直る。


「アルカンさんにも炭酸水について説明しないとね…」


「いろいろと聞かせて貰おう…」


 ミナトのカクテルを含めた作り方の説明にアルカンは熱心に耳を傾けるのだった。


「なるほどのう…。複数の材料を混ぜて酒を楽しむとは…。つまりこの飲み方もカクテルというやつの一つと言えるのかの…?」


「そうだね…。アルカンさんの普段の飲み方も美味しいけどウイスキー・ソーダも悪くないでしょ?」


「もちろんじゃ!この歳になってここまでの驚きに出会えるとは思わなかった。まだまだ学ぶことがあるわい。燻り酒についてはドワーフこそがその全てを理解していると思っておったが儂もまた青かったということじゃな!」


「実はもう一つ重要な要素があるんだ。ちょっとこっちを試してほしい。シャーロット、もう少し手伝ってほしいのだけど…」


「何をするの?」


「これにウイスキー・ソーダを作りたいんだ」


 そう言ってミナトが持ち出したのは店頭に並んでいたもう一つのグラス。さっき使った薄い玻璃はりではなくシンプルなデザインでありながら重厚な厚みをもつグラスであった。ミナトは薄い玻璃はりのグラスで二杯、厚手のグラスで二杯のウイスキー・ソーダを作りアルカンとシャーロットの前に置く。


「作り方は全く同じだよ。味を確かめてみてほしい」


 そう言われて二人は二つのグラスのウイスキー・ソーダを口に含む。


「これは…??」

「不思議ね…。同じ作り方なのに何か味が違うみたい…?あれ…??」


 二人は首を傾げる。


「面白いでしょ。グラス一つで酒の印象が結構変わるんだ。厚手にグラスの方が一般的だと思うけどこれはこれでよいものだと思う。こっちの薄い方は飲み口がすっきりというかスムーズさを感じると思うんだよね…。この燻り酒を使ったウイスキー・ソーダに関してはこっちの薄手のグラスの方が合っているかもね…」


 思わず納得してしまう二人。


「グラス一つで酒の味が変わるとは…。考えたこともなかった…。儂もまだまだ修業が足らん…」


 そう呟くアルカン。


「でね…、アルカンさん…」


 そう声を掛けたミナトの手には薄い玻璃はりで造られた二六〇ccのグラスがある。


「なんじゃ?」


「このグラスでのウイスキー・ソーダは美味しいけど、もっとウイスキー・ソーダを楽しめるグラスがあると言ったらどうかな…?それを作ってほしいんだ」


 ミナトは本来の目的に立ち返る。アルカンのグラスの水準は元の世界とそうは変わらない。だてにバーテンダーを二十年していない。酒を数杯出しただけだがアルカンの腕と人の良さは大体分かる。これほどの職人が未練を残して引退するなど認められないミナトであった。

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