第19話 物件探しと冒険の予感

「物件は酒場として使える建物ですね…。それに住居スペースもあった方がよいと…。そして借りるよりは買取可能の物件…」


 そう呟きながら受付嬢が分厚い資料を捲ってゆく。


 商業ギルドの登録は冒険者ギルドよりもさらに簡単であった。登録する利点と言えば、会費の対価として、商いに関する相談窓口が使え、資料の閲覧が可能になる程度のものである。


 主な商業ギルドの業務は依頼された商品の仲買や取引の仲介である。これらの対応で仕入れた商品や仲介する相手に問題がないことを保証する代わりに手数料を多めにとることで利益を上げるのだ。商品の仲買では仕入れに冒険者への依頼も行われるらしい。これらの対応を依頼する際に商業ギルドへの登録は必要ない。要は利益が上がればいいのだ。なかなかに商人らしい価値観だとミナトは思う。


「貴族街への拘りがなく、ご予算がディルス白金貨二百枚程度とのことでしたので、結構な数の物件を紹介できるのですが、十軒ほどピックアップしました。有望と思われる物件はこういったところでしょうか…」


 そう言って受付嬢が建物の絵と地図が書き込まれた書類を提示する。


「どれも好立地でご予算の範囲内かと…。ただ購入の可否はそれぞれ異なるのでご注意ください」


 ミナトはざっと書類を眺めシャーロットに視線を移す。


「シャーロット。やっぱりこの資料を持って物件を確認しに現地へ行くのが一般的なのかな?」


「ミナト。ちょっといい?」


 そう言って書類に目を落とす美しいエルフ。伏し目がちのその仕草がとても映えると思うミナトである。ぺらぺらと書類を捲っていたのだが、手が止まった。どうやら何かが気になったらしい。


「あの…、いいかしら?」


「なんでしょう?」


 シャーロットは受付嬢に問いかける。


「この物件…。他の物件に比べて立地も建物も破格だと思うのだけど、どうしてこの物件がディルス白金貨百枚なのかしら…?」


 そう言ってシャーロットが一つの物件に興味を持つ。


「お目が高い。確かにこちらは優良物件です。そしてこちらにこの印がございますが、これは金銭の他に特定の品物を納品することが必要になる物件なのです」


 そう言って受付嬢は絵に描き加えられている宝箱のマークを指し示した。


「特定の品物?」


「はい。こちらの物件はある蒐集家の方が依頼の報酬として提示されている物件なのです。最初は目当ての品物を冒険者ギルドに依頼したのですが誰も達成することが出来なかった。そこで商人ギルドにも依頼することにしたのです。商人であれば冒険者とは異なる方法で品物を手に入れることも出来ますからね」


「ではこの物件は依頼の報酬?」


 ミナトの問いに受付嬢が笑顔を浮かべる。


「そういう考え方もできるかと…。ただ白金貨のみで購入するか、白金貨と品物で購入するかの違いがあるだけの通常の商品と変わらないと考えるのが商業ギルドなのです。品物を手に入れる手段は冒険とは限りませんからね」


「なるほど…」


 思わず頷いてしまうミナトであった。


「それでその特定の品物ってどんなものかしら?」


 そう受付嬢へ問いかけるシャーロット。


「え…?あ…、た、大変申し訳ございません。書類が抜け落ちていますね。少々お待ちください…」


 受付嬢はそう言うと席を立ち、ぱたぱたと奥へと消えていった。


「シャーロット。それってそんなにいい物件?」


 受付嬢を待ちながらミナトが尋ねる。


「ええ。ここが歓楽街…、その端の一本奥に入ったところ…。たしか落ち着いた場所だったと思うわ。そして工房が連なる職人街、大店として店を構える商会が多く集まる商業地区、各種の研究所や教育施設が集中する学生街からも近い…。良い場所だと思うのよね」


 そんな風に地図を説明するシャーロット。聞けばなかなか良い立地らしい。


「一回は実際に物件を見てみるけど、そこが一番ってなった時は…」


「冒険に出発ね!」


 とびきりの笑顔で答える美人のエルフ。


「難易度が高そうだけど…」


「私とミナトで達成できない依頼なんて魔王の討伐くらいのものよ…。いや…、魔王もミナトの魔法で瞬殺かもしれないわ…」


 声のトーンを落としてシャーロットが話す。


「魔王っているんだっけ…?」


「ここニ千年くらいは話を聞かないわね…」


『いったい何歳?』とは決して訊かないミナトである。


「お待たせしました!」


 息を弾ませて受付嬢が戻ってきたので話を中断する二人。受付嬢が一枚の書類を渡してくる。


「こちらが依頼内容です。炎竜の紅玉レッドオーブ一個の収集ですね」


「そうですか…」

「うふふ…」


 非常に困難そうな依頼内容に遠い目をするミナトであったが隣のエルフはその美しい瞳を輝かせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る