第17話 スクリュードライバーとオレンジブロッサム(ステア)
柔らかいランタンの明かりが灯る部屋でミナトは大きめのロックグラスに透明な酒を注ぐ。グラスの中にはシャーロットに頼んで作ってもらったちょうどいい大きさのかち割氷が二個入っている。流れるような所作でミナトは透明な酒が注がれたロックグラスにミネオと呼ばれるオレンジの果汁を静かに注いだ。
みるみる鮮やかなオレンジに染まるロックグラスをランタンの光が優しく照らし出す。未だバースプーンを手に入れていないので細身のナイフで代用し酒と果汁を混ぜ合わせる。氷と氷、氷とグラスがぶつかる静かな音がとても耳に心地よい。ナイフから一滴を手の甲に落し味を確認する。現状ではよくできたと言えるだろう。
「どうぞ…。スクリュードライバーです」
そう言ってテーブルをカウンター代わりにしたミナトは対面に座っている美女へとグラスを差し出す。美しいほっそりとした白い両手で大きめのロックグラスを持ちながらカクテルを飲むその所作は驚くほど可愛らしく美しいと思うミナトであった。
「美味しい…。それにとても飲みやすいわ。ウオトカを普通に飲むのはそんなに好きじゃなかったけれど…、このカクテルはとても美味しいわ!ありがとうミナト!!」
そう言ってぐいぐいと飲みだす美しいエルフ。そのとびきりの笑顔を見ることができてラッキーだと思うミナトである。
「スクリュードライバーは簡単だけど美味しいカクテルだよね…」
「そう言えば何でスクリュードライバーって呼ばれるのかをミナトは知っているの?」
「よく言われているのは…、とある国の作業員が作業中の喉の渇きを癒すため適当に作ったカクテルって説があるね。混ぜる道具が手元になかったからドライバーっていう工具を混ぜることに使ったからスクリュードライバーって呼ばれるようになったとか…ってね」
バーテンダーであるミナトにとって酒に関する質問をされるのは嬉しい。嬉々として質問に答えるミナトであった。
ここはルガリア王国の王都、落ち着いた雰囲気で知られる宿、山猫亭の一室である。山猫亭に二部屋を確保した二人はシャーロットのカクテルが飲みたいという要望を叶えるため、部屋で食べられる食事とカクテルに使う酒と食材を探して近くのマルシェに出向いていた。なんでも多くの人々が集うこの王都では昼夜問わずにマルシェと呼ばれる市場で様々な品々が売買されているという。一部の住宅街や貴族街では夜の商売は禁止だが商業地区などは合法、非合法を問わず色々とあるようだ。
そんな夜のマルシェにあった酒店でミナトが見つけたのがウオトカだった。シャーロットによるとジーニと呼ばれたジンと同じくらいポピュラーな酒とのことである。
「ウオトカはウオッカだし、ミネオはどう見てもミネオラオレンジだったな…。この辺はあっちの世界とあまり変わらない…」
そんな呟きが漏れる。ふと顔を上げるとシャーロットがスクリュードライバーを飲み終わる頃だった。
「ふー。美味しかった」
満足げな表情もまた素敵である。
「シャーロット?飲みやすくても度数…、って言うか酒精は強いカクテルだから気を付けて飲んでね」
「確かに…。ウオトカの酒精ってジーニと変わらない筈だから…。ミネオの果汁を入れるだけでこんなに飲みやすくなるのは驚きだわ」
「ウオトカを冷やしてくれたシャーロットのおかげだよ」
「ふふふふ。もっと褒めなさい!」
ドヤっと胸を張るエルフ。その姿はやっぱり美しかった。
「お代わりをお願いします!」
「明日は商業ギルドに行くんだろう?飲み過ぎは禁物だ!食事にしよう!」
「何よ!私はこれ位では酔わないわ!ね?もう一杯だけ?いいでしょ?」
命の恩人にそう言われると断れないミナトである。
「ねえ!ミナト!このカクテルってジーニでも作れるの?」
「ああ。ジーニとミネオの果汁だと本来はシェイクって方法で作ってオレンジブロッサムっていうカクテルになる。今はシェイカーがないからオレンジブロッサムのステアバージョンってところになるかな?」
「シェイク?シェイカー?」
「シェイカーはバーテンダーが使う道具の一つでそれを使うことをシェイクって言うんだ。物件を探すのと併せて道具を作ってくれる職人も探さないとな…。柑橘の搾り器もない…。布を巻いて搾るのはやっぱり効率が悪いからね…」
「その布をミネオに巻いているのも道具がないから?」
「ああ。果肉を入れたくなかったからね。入れる場合もあるけど今回は入れない方法にしてみた」
「バーテンダーの仕事って奥が深いのね…」
うんうんと頷きながら感心している美人のエルフ。
「店を開くとなると他にもたくさんすることが増えてくるよ。さてと…、じゃあオレンジブロッサムを作ってみようか!」
「嬉しい!お願いするわ!」
美味いカクテルを伴う楽しい夜のひとときはもう少しだけ続くのであった。
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