第7話 ジン・ソーダ完成

 湊は気泡を放つ透明な液体で満たされたグラスを口へと運び一口味見をする。


「………これこれ、この感じ……、ありがとうシャーロット!成功だ!」


 嬉しそうに湊が言う。


「これがミナトの言っていた…、炭酸水……?」


「そう炭酸水だよ。味も何も付いていない……。飲んでみる?」


 湊はそう言いながらグラスを差し出すが美しいエルフは怪訝な表情を浮かべる。


「ミナトがさっき一口飲んでいたけど……、大丈夫?確かに水は普通だし、火を消す大気も空気中に存在しているけど……」


「大丈夫だよ。ちょっと……、うーん……、しゅわしゅわするくらいかな……?」


「しゅわしゅわ?」


「さ、何事も経験!あっちの世界では普通の水よりこの何も入れない炭酸水を好む人も結構いた。もちろん嫌いって人もいたけどね……」


 グラスを渡されたシャーロットはとりあえず香りを確かめる。不快な匂いはしなかった。


「二酸化炭素は無味無臭だからね……」


 湊の言葉を聞きながら意を決したシャーロットはその美しい唇へグラスの端を運ぶと少量を口へと含む。


「!!!」


 途端に今まで味わったことのない感触が口腔内へと広がった。痛いような、弾けるような不思議な感触。しかし決して不快ではない。飲み込むとその刺激は喉へと伝わる。喉を通る頃にはその刺激は既に収まっており不思議な清涼感をシャーロットへともたらしていた。


「不思議な飲み物ね……。この感じがミナトの言っていたかしら…。分かるような気がするわ……。でも……、ごめんなさい。このままは私……、あまり好きではないかも……。ミナトがいた世界ではこれを水と同じように飲むの?」


「ああ。そういう人もいた。国によって違ってね。おれのいた国では水の代わりに飲むのは少数派だったと思う。でも食事中、酒の代わりにこれを飲むことを好む人も一定数はいたよ。でも大半は甘さとか苦さとかのいろいろな味を付けた水に二酸化炭素を溶かして飲むことが一般的かな……」


「そうなのね……。それはとても興味深いわ……。そしてミナトはこれをカクテルにも使うってこと?」


 その言葉に湊が満面の笑みで答える。


「そう!これでジン・ソーダが作れる!飲んでみる?」


「是非!お願いしたいわ!」


 シャーロットからオーダーを受け取った湊はジーニのボトルと背の高いガラス製のグラス(元の世界のタンブラーに近い)に入った炭酸水を調理台の傍らに置き、シャーロットに頼んで同じ形のグラスをもう一つ出してもらう。空中を漂っていた炭酸水の塊は『この程度ならいつでも一瞬で作れるわ!』とシャーロットが言ったのでとりあえず今は放っておくことにした。どこかで森の木々に当たり弾けるだろう。


「ジーニはやっぱり冷やした方がいい?」


「お願いします」


 ジンライムを作った時と同様、シャーロットが手をかざすと調理台の端に置いたジンのボトルとその周囲が凍り付く。


「そしてこのタンブラー……、もといグラスへ縦に二個ちょうどよく収まるくらいの立方体の氷を入れてくれる?」


「簡単!」


 カラカラン……。素敵な音と青い光を引き連れてタンブラーに氷が現れた。ちょうどいい大きさの透明で美しい立方体の氷が縦に二個。


「ありがとう!シャーロットの魔法は本当にすごいな……」


「ふふん……。もっと褒めていいのよ?」


 何度見てもそのドヤ顔はかなり可愛い。


 準備が整った湊はタンブラーに入った氷をナイフで器用に回す。ここにないバースプーンの代用だ。美しい身のこなしで氷が融けた水を切った後、流れるような所作でジンを注ぐ。そうしてジンが注がれたタンブラーを先ほど作られた炭酸水でゆっくりと満たした。


 再びナイフを取り出した湊は氷を回すことでジンと炭酸水を軽く混ぜる。透明な液体の中に美しい氷が浮かびその中を無数の気泡が上がってゆく。


「すごい……」


 シャーロットが湊の所作に感嘆の声を漏らし、カクテルが完成する。


「ライムみたいな柑橘を入れる人もいるけれど今回はシンプルに作ってみた。ジン・ソーダです。どうぞ……」


 森の中とは思えない優雅な所作でタンブラーをシャーロットの前へと置く。


「頂くわ……」


 両手で恐る恐るタンブラーを口へと運ぶ。その仕草は相変わらず美しい。


「……………」


 初めて飲むジン・ソーダ。それは古の時代より生きてきたこのエルフがその感動を言葉にすることを忘れさせるのに十分な衝撃を与えたのであった。

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