第6話 炭酸水を作ってみよう

「これが……、これが異世界転生……」


 姿見鏡を前に辛うじて言葉を絞り出す湊。


「やっぱり容姿が変わってしまっていたのね。その容姿で二十年仕事をしていたって言うからおかしいと思ったのよ!」


 姿見鏡を霧のようにかき消しながらシャーロットが言う。しかし湊は遠い目をして虚空を見つめたまま固まっている。


「……ミナト?ミナト?大丈夫?」


「う……、え?……うわあ!!」


 再び自身の目を覗き込む美しい顔に気付いた湊は盛大に驚きそして項垂れる。


「ご、ごめん。ちょっと衝撃が大きくて……、でも受け入れないと……」


 ここが異世界であることを改めて突き付けられた。そして自分が自分ではないようなこの不思議な感覚。


「ちょっと辛いけど……。いや……、ここは顔を上げる時だ……。シャーロットにも会えたし……」


 そう口の中で呟いて顔を上げる。


「………ええっと……、私は前のあなたの容姿を知らないけど、今の姿……、その……、結構……、カッコイイわよ?だからそんなに落ち込まなくてもいいじゃない?」


 慰めてくれているのか、ちょっと顔を赤くしてそんなことを言ってくる美しいエルフ。


「……ありがとう。君にそう言って貰えると嬉しいよ。そうだね。いろいろ考えるのは王都に着いてからだ!」


 そう言って笑みを浮かべた湊を見てシャーロットはほっとする。


「容姿が変わったことは驚いたけど……、あれ……?何の話をしだっけ?」


「ご、ごめんなさい。私が話の腰を折ったのよね…。確か……、他に作りたいカクテルがあるけど何か材料が足りないって…?」


「あ、そうだ!炭酸水って言おうとしていた!」


 シャーロットは湊の言葉に首を傾げる。


「炭酸水?それがあればもっと色々なカクテルが作れるの?」


 湊はその言葉を肯定する。


「ああ、作れるカクテルの数がぐっと増える。二酸化炭素が溶けた水のことを炭酸水って言うけどこの世界にはあるのかな?えーと……、しゅわしゅわした水……?」


「ごめんなさい、ミナト。あなたのカクテルをもっと飲みたいから協力してあげたいけど、何を言っているのか全っ然わからないわ……。二酸化炭素?しゅわしゅわした水?……どういうもの?」


 その問いに湊は思案する。


「そうだよね……。どうやって説明したらいいかな……?ええっと人族が呼吸するときに体に取り込んでいるのが酸素で、吐き出すのが二酸化炭素……?別の言い方だと……、森の木々も同じように呼吸しているけど、その行為と同時に日中だけ逆に大量に取り込んでいるが二酸化炭素で大量に吐き出しているのが酸素?かな……?」


「じゃあ二酸化炭素って草木が昼間に多く取り込む大気のことね?それを水に溶かすの?やったことはないけど簡単にできると思うわ!」


「なんだって?」


 驚く湊を余所に周囲に風が巻き起こる。シャーロットが右のてのひらを上にしてそっと前へと差し出した。そのてのひら……、いやシャーロットの全身が淡い青い輝きに包まれる。周囲の風が流れを変え、美しいエルフのてのひらに集まり始めた。光に包まれたシャーロットの手の上に小さな竜巻が発生する。


「……これがきっとミナトの言っている二酸化炭素よ。風属性の魔法が使える者は火を消すためにこの大気を用いるわ。これのことで間違いないかしら……」


 そう言って湊の顔を見るシャーロット。


『可憐だ……』


 その美しさに昔のアニメの台詞を思い出した湊だが、我に返り慌てて肯定する。


「そ、それでいいと思う。それを水に溶かせる?」


「やってみるわ!」


 右手の竜巻をそのままに左手を掲げるシャーロット。生み出される青い光と共に球体の水が生成される。シャーロットは両の手を向かい合わせて、右手の竜巻と左手の水を一つにまとめた。


「シャーロット。水の周りに他の大気が入る隙間を作らないようにして竜巻を止めて二酸化炭素と水をぎゅーっと混ぜる感じだと思う。できる?」


 湊は本で読んだ自家製炭酸水の作り方を思い出してアドバイスする。確かペットボトルに入った水を密閉し、ボンベから二酸化炭素を送るというちょっと危ないかもしれない方法だった気がする。


「わかったわ…。こうかしら……。………………あら……。本当に溶けていくわ。不思議ね……」


 やがて竜巻だった大気は全て溶けた。ふよふよと空中に浮かんでいる球体の水は何も変わっていないように見える。


「ミナト。あなたの言う二酸化炭素は全部溶けたと思うけど……、これで成功?」


「グラスを一つ貸してくれないか?グラスに入れると変化が分かるはずだよ!」


「はいっ。これ」


 シャーロットは空いている方の手をマジックバッグに突っ込み背の高いガラス製のグラスを取り出して湊に渡す。湊はそのグラスを空中に浮いている水塊の下へと持っていく。


「この球体からこのグラスに中の水を注ぐことはできる?」


「大丈夫よ!はい!」


 シャーロットがそう言うと水塊を覆っていた障壁下部の一部分が消え、蛇口から流れ出たような水がグラスへと注がれる。


「シャーロット!さすがだよ!成功だ!」


 透明なグラスには見慣れた気泡を放つ炭酸水が一杯に満たされていたのだった。

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