第5話 カクテルと転生者
「美味しい……」
しみじみと味わった後、うっすらとピンク色のかかった唇をグラスから離してそう呟くシャーロット。とても満足そうなその仕草を視線の端に捉える湊は笑みを浮かべる。
「リムの実果汁入りのジーニなんてどこの酒場でも飲めるのに……。これは酒精が強いはずなのにとても飲みやすい……?温度が低いからかしら……、そして何故か酒場の物よりとっても美味しく感じる……。これはすごいわ!ミナト!これは一体どういうことなの!?魔法!?スキル!?どうしてこんなに味が変わってしまうの!?」
本当に驚いたらしく興奮しているようだ。
「さすがに鋭い感覚を持っている……。飲みやすさについてはシャーロットの指摘通りだよ。ジーニは度数が高いけど冷たくすることで飲みやすくなるんだ」
「度数?」
「あ、ごめん。君が酒精と呼んでいるものだよ。酒精をあっちの世界ではアルコール度数と呼んで数値で把握していたんだ。酒精が強いと言うところをアルコール度数五十五度とかってね。そのアルコール度数を略して度数って呼んだりするんだ」
『ほー』という表情になるシャーロット。
「そんなことが出来るのね……。ミナトもできる?このジーニの度数とかって分かるもの?」
「専用の道具がいるからね……。こっちの世界でも道具を揃えれば簡易の測定は出来るかもしれない。だけど、あの方法は誤差が大きいからな……。上手くできるかは分からないけど、シャーロットが見てみたいなら王都について環境が整ったらやってみようか?」
エルフの表情にぱあっという音がするくらい笑顔が弾ける。
「いいわね!そういう実験って好きなのよ!是非お願いしたいわ!!」
酒やカクテルに関して詳細な説明を絡める話題を嫌う客も多いがシャーロットは興味津々の様子だ。そのことが湊には嬉しい。
「シャーロットが普段より美味しいって感じてくれたのはおれにとっては嬉しいことだ。そもそもだけどこういう風に酒に何かを混ぜて作るものをあっちの世界でおれ達はカクテルと呼んでいた」
「カクテル?さっきもそう言っていたわね……?」
「ああ。残念ながら語源は諸説あってどれが正しいかは分からない。分かっているのは、おれのいた世界ではね……、かつての酒は度数が高く、味も強烈で飲みにくい、よく言われるきつい酒というものが大半だったらしい。そんなきつい酒に何かを混ぜて手っ取り早く飲みやすくしたもの……、それがカクテルと呼ばれたらしいんだ。今では酒をベースに別の何か……、酒や果汁、香辛料などを混ぜたもの……。そうすることで常温のストレート以外の味を表現したもの全般をカクテルと呼んでいる」
「ストレートっていうのは私が普通に飲んでいたジーニの飲み方よね……?」
「そう。そしてそのジーニはちょっと味見した感じだとアルコール度数は五十度近くはあると思う。酒精が強いってことになるかな。常温のストレートを好む人だってもちろんいる。それはそれで絵になる飲み方だしね。だけどやっぱりジーニの酒精は強いからおれがいた国では苦手な人も結構いた。そこでさっきのジンライムみたいなカクテルが好まれたりするんだ。アルコール度数自体は変わらないんだけどね…」
エルフは納得したという風の顔になる。
「なるほど……。きつい酒の温度を下げて飲みやすく……、か……。とても興味深いわ……。でも味は……?ミナトの作ったジンライムは冷たくて本当に飲みやすかった。そして私が飲んだことのあるリムの実果汁入りのジーニより美味しかったのよ……。冷たくしただけで味が変わるの?」
「冷たくした影響で味の捉える感じが変わることはあり得るだろうね。でも常温と冷たい場合の味の差って結局は個人の好みだよ。常温が好きな人も冷たいのが好きな人もいるからね……。だけどそれを超えて美味しいとなったらそればバーテンダーの腕の問題さ」
シャーロットは首を傾げる。
「腕?何かのスキル?」
「スキルってのがよく分からないんだけど……。ごめん、腕ってのはざっくりし過ぎた説明だった。作り方ってことなんだけど……。さっき最後にほんの少しリムの果汁を追加したのは見てた?」
「ええ。何かのおまじないの様だったわ……」
「ちゃんと意味がある行為なんだ。味見をして少しリムの味が足りないと感じたのさ。あの一滴で最終的に味を決めたんだ。バーテンダーはそれくらい微妙な差で味を決めているんだよ」
その言葉にシャーロットは反応する。
「え?だけどミナトは無造作にグラスにジーニを注いでなかった?あれは目分量と言うか……、適当じゃなかったの?」
「よく見ているね。本当はジガーとかメジャーカップって呼ばれる専用の道具を使うんだ。だけどおれも二十年この仕事をしているから普通に注いでも量はかなり正確なんだよ?さてと……、本当は他にも作りたいカクテルがあるんだけど残念ながらここには炭酸す……。ん?シャーロット?」
湊の目の前のシャーロットは怪訝な表情のまま固まっていた。
「……ミナト……?あなた異世界から来たとは言っても人族よね……?だから二十代……、というか二十歳前後よね……?」
「?」
湊は何を言われたのかよく分からないという表情をする。それを見たエルフは改まってこんなことを聞いてきた。
「えっと……。ミナト……。あなたの年齢を教えて貰ってもいいかしら?」
そう聞かれたので普通に答える。
「おれは今年で三十九になるぞ?」
「!」
目の前のエルフはものすごく驚いたような表情になる。
「ミナト……。ちょっとこれを見て……。これってあなた……?
周囲に魔力を含んだシャーロットの美しくも凛とした声が響く。すると湊の前に一枚の鏡が……、姿見鏡ほどの大きさの鏡が浮かび上がった。その鏡は湊の姿を正しく映し出す。
「………………………誰……?」
きっちり数秒固まっていた湊はそう呟くのが精一杯だった。そこには黒髪黒目ではあるけれども、湊が見たこともない若いイケメンが映っていたのである。
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