転生したバーテンダーは異世界でもシェイカーを振りたい

第4話 最初の一杯（ジンライム完成）

「はい、これ！私のお気に入りよ？」

　シャーロットは湊へ透明の液体が半分ほど入った一本のボトルを手渡す。

「あれ……？そういえばさっきのライムもこのボトルもどこから出てきたんだ？」

　ボトルを受け取った湊にそう聞かれたシャーロットはローブの下で肩から掛けていた小さなバッグを見せる。

「種明かしはこれ。マジックバッグって呼ばれる魔法のカバン。いろんな種類があるけれど私のこれは『特大』と『時間経過無効』がついている。こんな小さいのに家一軒以上くらいの荷物が入るわ。そして中に入れた物は劣化しない。とっても便利よ」

「本当に異世界に来たんだな……」

　湊は納得の表情を浮かべる。

「それよりもそのお酒をどうするの？」

　湊はボトルの蓋を開けるとその香りを確認した。よく知っている薫りだ。バーテンダーであるならばこの香りを知らない訳がない。一滴を手の甲に落して味を確かめる。

「ジンだ…」

　思わず声が漏れた。自然と笑顔が溢れてくる。

「ジン？知っているの？私たちはジーニって呼んでいるとってもポピュラーなお酒よ。ジュネの香りが素敵でしょ？」

「これがあるってことは……、蒸留が……、酵母だって……、ま、パンがあるだろうから酵母は……、糖化酵素も……、ということは…」

「ミナト？何をぶつぶつ言ってるの？」

　ジンがあることの嬉しさに加えて、ジンがあるということから考えられるこの世界の技術水準に思いを巡らせ意識を飛ばしていた湊は至近距離に現れたこちらの目を覗き込む美しい顔を目の当たりにして我に返った。

「ご、ごめん。ちょっと考え事を……」

　ここまでの美人が息の届く距離にいるとちょっと落ち着かない。

「それで？それで？そのお酒をどうするの？」

「これとライムでお酒を造るのさ……」

　その答えにシャーロットが怪訝な表情を浮かべる。それに対して柔らかい笑みを浮かべた湊。

「シャーロットに質問だけど、このジン…じゃなかったジーニを普段はどうやって飲んでるの？」

「え？それはもちろんそのままよ？」

「そのまま？常温？」

「変なことを聞くのね……。ええ。常温よ。それ以外ってあるの？」

「それはそれでカッコイイ飲み方だ……」

　この世界ではジンを常温でストレートが主流らしい。

「ジーニにリムの実……。ミナト？ジーニにリムの実の果汁を絞るっていうのならやったことがあるわ。それって普通よ？」

「じゃあ、それに少し手を加えてみよう！協力してくれないかな？」

「それはいいけど……、何をすればいいのかしら……」

　シャーロットの優しさに感謝しながら湊は彼女から普段ジーニを飲むためのグラスと細身のナイフを借りる。ちょうどいいロックグラスをシャーロットが持っていてくれてよかった。魔熊のステーキを置いていた切り株を調理台にしてライムを八分の一にカットした後、中心のスジを切り取る。カットライムが八個。調理台を挟んで何が起こるのか興味津々のシャーロットがこちらを見つめている。

「さてと……。常温でしか飲んだことがないっていうから冷たくしよう……。シャーロットこのボトルを冷却できる？」

「え？ジーニを冷たくするってこと？」

「ああ。水が氷るよりも冷たい温度にしてほしいんだ」

「出来なくはないけど……。何か意味があるの？？？」

　不思議そうな顔をするシャーロットに『種明かしは最後』と頼み込んでボトルに冷気魔法をかけてもらう。途端に調理台の端に置いたジンのボトルとその周囲が凍り付く。

「これでどう？水が氷るよりはそこそこ冷たくなったと思うけど……」

「いい感じだよ。もう少し協力をお願いします。このグラスに氷を入れてくれるかな？このグラスに二個がちょうど収まるくらいの大きさで…」

「そんな簡単なことでいいなら……。はい！」

　カラカラン……。

　素敵な音と青い光を引き連れてグラスに氷が現れる。ちょうどいい大きさの透明で美しいかち割氷が二個。

「最高だ……。ありがとう。魔法って本当にすごいな！」

「ふふん……、もっと褒めていいのよ？」

　ドヤ顔もかなり可愛い。

　準備が整った湊はロックグラスに入った氷をナイフを使って器用に回す。

「何をしているの？」

　興味津々といった様子のシャーロット。

「グラスを冷やしているのさ……。バースプーンがないからここはナイフで代用だ。そして……」

　見事な身のこなしで冷えたロックグラスにジンを注ぎ、ライムを絞る。ライムジュースと言いたいところだがフレッシュライムも悪くない。細身のナイフで軽くステア。手の甲へと一滴落とし味を見る。湊はほんの少しライム果汁を追加した。もう一度軽くステアする。

　そんな全てがとても絵になる光景だった。

「すごい……。こんなのは初めて見るわ……」

　シャーロットがそう呟く間にカクテルが完成する。

「ジンライム。おれのこの世界初めてのカクテルだ……。どうぞ……」

　森の中とは思えない優雅な所作でグラスをシャーロットの前に置く。

「私が飲んでいいの？」

「もちろん。君のために作ったんだ。君に会えてからの全てに感謝している。命を助けてくれて御礼には簡単すぎるけどね……」

「頂くわ……」

　両手でグラスを持って口へと運ぶ。その仕草は可愛くも美しい。

　うっすらと果汁の色を含んだ透明の液体を口に含んだシャーロット。古の時代より生きてきたこのエルフは経験したことのない新たな味覚との出会いに衝撃を覚えるのだった。