第3話 美人のエルフはとってもいい人

 パチパチパチパチ……。


 焚火の炎は人の心を落ち着かせるとか……。しかしその火の上では魔熊の肉が盛大に焼かれていた。


「モグモグ……。それにしても……、モグ、さい、モグ、災難……、モグモグ、だったわね。へんひひゃひにゃひゃい元気出しなさい!」


 ゴクン!


「ミナトも!ほら、もっと肉食べて!」


 旺盛な食欲を見せつつ湊にも肉を勧めているのは、自らが屠った魔熊を華麗に解体し『今日はごちそう!』とはしゃいでいた美人のエルフ。


「シャーロット……、本当によく食べるね……」


 湊は心から感心する。改めて見ると本当に美人だ。名前をシャーロットというらしい。二十歳前後に見えるが『やっぱり年上なの?』という質問をした湊の前に数千本の氷の槍アイシクルランスが現れたのでそれ以上は聞いていない。日本に居ればテレビや雑誌でいくらでも美人を見つけることが出来るのだが、その誰よりも美しい顔立ちをしていると湊は思う。美しい金髪と金の瞳を湛えるその美しい顔立ちに加えて、すらりとした長い手足と高い位置にある腰、ほどよく見事に張った胸…。造形が美しすぎていやらしい気持ちすらも湧いてこない。昔ヨーロッパを旅した時、本場のキャバレーを観劇して同じ気持ちになったことを湊は久々に思い出した。ブーツ、レギンス、ショートパンツ、動きやすそうな上着の上からローブを羽織っているのは旅の魔法使いの一般的な服装らしい。その装備でこの美しさなのだ…。本気で装いを整えたら大変なことになるだろう。


 そんな美女が信じられない大口を開けて肉に齧り付き喰いちぎる様はなかなかの貴重映像だ。最初にこの様子を見たとき、心の奥で大きな一枚の板ガラスが粉々に砕ける音が響いたのは秘密にしている。


「なによ!お淑やかで菜食主義じゃなくて悪かったですね!ったく、あなたの世界のエルフって……。一体どう妄想すればそんな変な種族になるのかしら……」


 口の周りを肉汁と油で一杯にしながら『ベー』っと舌を出す。その仕草もまた可愛い。


 魔熊が氷の槍で吹き飛ばされた後、助けてくれたお礼を言った湊は、『なんでこんな森の中にいるの?』と聞かれて自身に起こったことを正直に洗いざらい話した。思い返すとイタイ奴と認定されてどこかに突き出される可能性があったと冷や汗が出るのだが、目の前のエルフは湊の話を理解し、同情して食事までご馳走してくれることになった。がとてもいいエルフであった幸運を湊は魔熊の肉と共に噛みしめている。


 湊の居た世界に興味を持ったシャーロットはこの食事に至るまでの過程でいろいろと質問し、この世界のことも教えてくれた。湊が考えるエルフのステレオタイプ……、物静かで思慮深く菜食主義な森の民…、には『そんなエルフいるわけないわ!』と憤慨していたが……。彼女の説明によるとやはりこの世界は湊も知っているファンタジーの世界に近いらしい。湊のように異世界から迷い込む者は数百年に一人はいるとのことだった。『数百年前を知っているの?』という質問は辛うじて口の中に抑えたことは言うまでもない。


 そして湊達がいるのはルガリア王国という国らしい。大国の一つとされ善政が布かれており、豊かで安定した国として評判が高いとのことだ。ここは王都(王都はと呼称され特に名前はないらしい)の東、歩いて数日のところに広がる大森林だという。


「この世界のことは王都に着くまでに色々教えてあげるわ!だからまだ考える時間は少しあるけどミナトはこれからどうするの?もともと王都までは行く予定だったから一緒に行ってあげるけど……。冒険者にでもなる?あれなら身分も何も関係ないわよ?」


 いい感じに焼けた新たな肉を切り分けながらシャーロットが言う。彼女は王都を目指した旅の途中とのことだ。


「うーん。冒険者とかって命懸けの職業だよね?ちょっと自信がない……。おれはあっちの世界でバーテンダーをしていたからそれに近い仕事ができるといいな……」


「バーテンダー?どんなお仕事?」


 そう言いながらシャーロットは懐より取り出した柑橘類と思える緑の果実をナイフで半分に切り、焼きあがった魔熊のステーキへと絞りかける。


「バーテンダーはお酒を……、って、ちょっと待ってシャーロット!それは?」


「へ?これのこと?」


 シャーロットは不思議そうにその緑の果物を湊へ見せた。手に取って香りを嗅ぐ。オレンジよりも切れ味のよい馴染みのある薫りが湊の鼻腔を刺激した。果汁を少し舐めてみる。湊は確信した。


「……ライムだ。この世界にもあるんだね……」


 とても嬉しそうな湊を見てシャーロットは不思議そうに顔をする。


「ライム?こっちではリムの実って呼ばれているわ。冬以外ならどこでも手に入る日常的な果物よ?なんでそんなに嬉しそうなの?」


「あっち世界ではこれを仕事でよく使っていたんだ……。そうだ!シャーロット!お酒、お酒は持ってる?」


「え?ええ、あるけど……」


 シャーロットはその美しい顔で少々戸惑いつつも懐のマジックバッグに手を入れるのだった。

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