第一章 バーテンダーは王都でBarを開く

第2話 森と魔熊と美人のエルフ

「うーん…、ん……?え……?」


 仰向けに倒れたまま目を開いた湊の目に飛び込んできたのは立派な木々と生い茂る葉、そしてその隙間から漏れてくる明るい木漏れ日だった。久しく嗅いだことのない草の香りが心地よい…。


「……………いや!おれトラックに……?」


 急速に取り戻した意識は目の前に迫りくるトラックをフラッシュバックさせた。その衝撃で飛び起きる。


「どこ……?」


 それ以上言葉が出てこない。意識を失う前の自分の記憶は間違いなく迫りくるトラックで終わっている。東京に居た筈だ。しかし眼前に広がるのは鬱蒼うっそうとした森。お約束で頬をつねる。痛かった…。


「まさか……、これが世に聞く異世界転生……?」


 なんとか回る頭で可能性を口の中で呟く。古典の引用で申し訳ないがここには『なに?知っているのかミナト!』などと返してくれる人はどこにもいない。


「いやー、ないわー!ない!ない!ない!ない!」


 なんとか自分への突込みを言葉に出してみる。しかし森の中にいることに変わりはない。半ばいろいろ諦めた湊は現状を認識することにした。


「でもこれが現実だとして……。東京でトラックに轢かれて目が覚めると森の中……。言葉にすると酷いな……。でもやっぱり死んで異世界に転生しちゃったのか……。って!?お金は?」


 自分が大金を現金で持っていたことを思い出し周囲を見ると足元に見慣れたバックを発見できた。


「ここが異世界だったら使えないかもしれないけど、必要ないって考えられないのが情けない……」


 そう言って拾い上げようとすると持ち上がらない。


「あれ……?何で?こんなに重いはずが……?」


 バッグを開けるとそこには見たことがない金色に輝く硬貨が大量に入っていた。


「これって……、金貨かな……?なんでこのバックに……」


 メキメキメキメキ……。


 突然、背後で木が倒れる。驚いて振り向いた湊の視線と軽々と大木を押し倒して登場した巨大な熊の視線が交錯した。


「これがほんとの森のくまさん……。あ、角がある……。やっぱり異世界なんだここ……」


 ふとそんなことを思った。


 ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!


 熊が怒りの雄叫びを上げ、湊は我に返る。魔熊との視線は外さない。思いのほか落ち着いている自分が不思議だった。


「やばい……。ヒグマは逃げる者を追いかけるっていうけど、同じ生態でいいのか?視線を合わせながらゆっくり後退って習ったけど……」


 実家のある北海道で得た知識を総動員して金貨の入ったバックを引きずりつつ、魔熊の目を見ながらゆっくりと後退する。


「お金であろう物体を置いてはいけないんだよね……」


 そう呟いた瞬間、魔熊が恐ろしい程の素早さで一気に間合いを詰めてきた。


「やっぱりヒグマじゃなかった!!」


 逃げようとするが間に合わない。右腕の爪が迫る。そんな湊の耳に美しい声が響いた。


氷の槍アイシクルランス!」


 それと同時に巨大な氷の槍が魔熊の右側面から胴体を貫きその巨体ごと吹き飛ばした。湊は絶句している。


「ふー。あなた!こんな危険な森の中で何をしているの!?」


 鈴を鳴らしたような美しい声。声の方向に目をやると一人の女性が佇んでいる。


「あ……」


 湊は驚きの声を漏らした。その女性は絶世の美女であったが湊の視線はそのとがった耳に注がれる。


「エルフ……」


 思ったことを口にするのが精一杯の湊であった。

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