┣ File.02 パパの告白、ママの真実〜詩織13歳春〜

パパはアメリカに本社がある大きな会社の社長。

いつも忙しそうに、秘書おんなを日替わりで従えてあちこちに飛び回っている。

それでもママがいた頃には時々帰ってきて学校行事にもたまに参加してくれたし、帰ってきた時は私と話す時間くらいは取ってくれた。

それでも神戸の家で家族揃って一緒にご飯を食べるなんて年に数回あればいい方だったけど。


ママは女優だった。

私が10歳の頃に亡くなってしまったけど。

生きていた頃はファンも沢山いて、出る映画やドラマはどれも素敵なものばかりで、私の憧れだった。

ママは私をこっそり撮影現場に入れてくれて見学させてくれたり、豆粒くらいしか映らないその他大勢の役を私にやらせた。

試写室に二人、一緒に出来上がった映画を見て「これで詩織も女優さんね」って二人で笑いあった懐かしい思い出だ。

でも、女優としてこれからって時に、映画撮影の事故で亡くなった。

 

そして……。

 

ママが亡くなったあの日から、パパはすっかり人が変わってしまった。

 

パパはママがいた事なんてきれいに忘れて、自分が好きな仕事ばっかり。

ママがいなくて寂しい、なんて爪の先程も思ってない。

私の事だって秘書と家政婦の桐山さんに任せっぱなしな癖に、私が友達と遊びに行くのも、家に泊まりに行くのだって禁止する。


パパなんて嫌い!大っ嫌い!!

いつしかそう思ってた。

 

私が中学生になった頃、珍しくパパが神戸の家に帰ってきた。

今回は何の前触れもなく急に帰ってきた。

今晩は桐山さんが泊まりだから一緒にお夕飯だと楽しみにしていたのに、パパが帰ってきたからってパパと一緒のお夕飯。

私達の夕飯が済むと、桐山さんは新しい警備の人が来るからと離れを準備しにいった。

私も部屋に戻ろうと席を立つと、パパは私を呼び止めた。


「詩織、話があるから座りなさい」


パパは随分と怖い顔をして、元の席を指差した。

思い当たる事といえば、入学直後の実力テストの成績のお説教だろうか。

確かにちょっと悪かった自覚はある。

やだなぁ、家庭教師の時間が増えちゃうのかも。

ようやく受験も終わったんだからもう少しゆっくりしたかったな。


「話って何?」


パパは食後のコーヒーを一口飲んで、少し視線を彷徨わせていた。

まどろっこしいなぁ。

お説教でも文句でも私に言って、早くアメリカでも東京でも行けばいいのに。

私は内心で毒づきながら、つっけんどんに話を促した。


「詩織ももう中学生だ。ちゃんとママが亡くなった時の事を話しておこうと思う」


少し話しにくそうにパパは話し始めた。


「ママは撮影の事故で亡くなったんでしょ?」


確かそう報道もされたし、映画は中止で大騒ぎになった記憶はある。

お葬式が終わってもこの家にマスコミが沢山来ていたから、騒ぎが落ち着くまでパパが神戸に居て、私が東京の家に避難していた。


「表向きはそう発表したが、真実は違う」


真実って何だろう。

何が違うのか、私にはさっぱりわからない。


「パパ?」


パパはダイニングテーブルの上で組んでいた手を離して握りこぶしを作り、一息に言った。


「ママは撮影の事故を装って殺された。パパのせいで死んだんだ……」


「殺されたって……なんで?」


だってパパもニュースもママは不幸な事故だって……。

それにパパのせいって、何?


「詩織は何度もママの撮影を見た事があるだろう? あれだけ沢山の照明の中のうち、ママの頭上の照明だけ偶然ボルトが緩んで落ちるなど確率的にあり得ない。それにパパには犯人に心当たりがあったんだ」


照明……。

言われれば、そうかもしれない。

それよりも犯人に心当たりがある?


「じゃあ犯人は……ちゃんと警察に捕まったんでしょ?」


ママが殺されたって知られれば、またマスコミが大騒ぎするから表向きは事故にしたんだと言って欲しかった。


「いや……。今も捕まっていない。今後の状況次第だが、これからも捕まえられない、と思う」


苦し気な顔をしてパパは言った。

でも、捕まえられないってどういう事だろう。

犯人が分かるなら警察に話して捕まえてもらえるんじゃないの?


「どうして……? 警察は、捕まえてくれないの?」


喉がカラカラに干上がって、思ったように声が出ない。


「犯人を捕まえれば国際問題になるからだ。詩織だってママのせいで誰かが死ぬのは嫌だろう」


私の頭はぐちゃぐちゃになる一方で、段々とパパの声も遠くなっていく。

パパはチュウトウがとか、コウアンが、王族がとか言ってるけど、中身が私の耳には全然入らない。

聞きたいのは、ただ一つ。


「ねぇ、パパ……なぜなの。人殺しって悪い事じゃないの?」


パパを見つめて問いただした。


「……沙織には本当に済まないと思っている」


パパは辛そうな顔で、とうとう私から目をそらした。

ああ、そうか。

やっとわかった。

犯人が分かっていても、パパには犯人を警察に突き出す気がないんだ。

私は気付かされたひどい真実に喚き散らす。


「何、それ。なんで死んじゃったママより、のうのうと生きてる犯人を庇うの?」


そんなにママが邪魔なのかと、私は悔しくて悔しくて泣けてきた。

ママを助けられるのはパパしかいないのに!


「パパなんて大っ嫌い!!」


言い捨てて立ち上がったのに、パパも立ち上がり、私の手をすごい力で握った。

パパの椅子は大きな音を立てて椅子が床に転がった。


「話はまだ終わっていない。最後まで聞きなさい!」

「嫌だ! もう聞きたくない。離してよ!!」


ジタバタもがく私の手を掴んだままパパは話を続けた。


「沙織を殺した犯人が日本に入国したと情報が入った。奴らが次に狙うのは私か詩織だ。明日から詩織にも護衛をつける」


護衛? バカバカしい。

私は薄っすら笑った。

そんなもの、警察にすら捕まらない犯人に対して、なんの役に立つの?


「沙織を喪ったときのような思いはもう二度としたくない。パパを嫌いで構わないから、絶対に護衛から離れて行動しないと約束しなさい!!」


パパは握り込んだ私の手を更にきつく握った。


「……パパ、手、離して。痛いよ……」


パパははっとして、ようやく手を緩めてくれたが、少し赤くなってしまった。


「これを……必ず身につけておきなさい。何があっても外してはいけないよ」


パパは私の腕に腕時計を着けると、私を抱きしめた。


「ごめん。今度は絶対に間違えないから……」


「今更そんな事言わないでよ、私はママじゃない!!」


私は強引にパパを引き離すと、その身を翻して自分の部屋に駆け込み、腕時計を外して壁に投げつけた。

腕時計は部屋の硬い壁にぶつかって割れた。


今更、ほんとうにいまさらだ。

パパのせいでママが殺されたってどういう事?

パパは犯人を知ってるのに、警察は捕まえてくれないってどうしてなの?

こんな事ならずっと知らないままの方が良かったのに。


「ママ……」


私、パパが全然わからないよ。

どうしたらいいの?


机にあるママの写真は何も言ってはくれなかった。

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