┣ File.03 高坂社長の懺悔と後悔
私は
ここTKエネルギー開発社の代表取締役を務めている。
少し長いが、私の懺悔を聞いて貰えるだろうか。
この会社は私が小さな石油採掘会社から始め、ある事業で初めて中東の採掘権を手にした。
これを機会に事業拡大を算段していた、そんな時期だった頃……。
私は妻と出会った。
ある知人のパーティーで新人女優高田沙織の
女優だけに若くて綺麗な
特段好みのタイプという訳でもなく、第一印象はそれだけで、特に印象に残ることはない。
失礼ながら仕事柄女性は見慣れていて、それくらいしか感想を持てなかったのだ。
知人の為だったし、会社の広告になるならと気軽に引き受けたものの、
完成したものを見る暇さえないのなら、せめて一度撮影を見に来て欲しいと、半ば強引に私を撮影現場に連れて行った。
撮影現場でスタッフが台本と撮るシーンを説明してくれたが、興味がわかず、つまらなそうにしていた私の様子に、監督が解説がわりに面白いものを見せてやると、沙織にいくつか指示を出し、同じセリフばかりを何パターンも私に演じて見せた。
小さな子供、片腕のない老女、怒りっぽい学校の先生、女装癖のあるイケメン大学生、顔にコンプレックスを持ったOL、果ては架空の動物の妖精まで。
やらせればいくらでも作り出す、彼女はいずれ世界も目指せる稀有な女優です、あなたも事業家ならどこに投資すべきかこれなら分かるでしょうと監督は言った。
私に演技なんてものはついぞわからないが、確かに監督の言う通りだった。
演じる
だけど彼女は強敵で、私の告白にも贈り物にも、中々首を縦に振ってはくれなかった。
苦労して彼女の了承を取り付ける事に成功して、結婚した。
毎日がとても幸せだった。
その後もお互い仕事は順調で、娘も生まれた。
家族3人、私達はこのままずっと幸せに暮らせると思っていた。
そんなある日、私宛や会社宛におかしなメールや脅迫状が届いた。
『正しい判断をしろ、でないと奥様は死ぬ事になる』と。
恐らく所有しているいくつかの中東の石油採掘権の事か、実用化に向けて研究している新エネルギーのどちらかだろうと察しはついたが、私に手放す気は無かったし、既に沙織は有名女優。
ここまで世間に顔の知られている沙織を犯人がどうこうする事は出来ないとタカを括り、脅迫状の事を警察に届け出て、あとは放置していた。
そして、妻は映画撮影の事故に遭い亡くなった。
警察からは古くなっていた金具が緩んで、照明機材が落ちて直撃したのでしょうと説明を受けたが、到底納得できるものではなかった。
妻は絶対に事故で死んでいない、あの脅迫状の主に殺されたのだと私は確信していた。
勿論警察にも脅迫状の事と合わせて話したが、事故であると断じ、頑なに事件として捜査しようとしなかった。
当時の照明係から謝罪も受けたが、あなたの責任ではないと言ってやるのが精一杯。
可哀想に彼は随分と気に病んで、病気になりそのまま儚くなった。
奥様にはまだ小さな子供がいるというのに。
私の名前での援助は断られてしまったが、せめて子供が成人するまではと、裏から手を回してこっそりと金銭的な援助をした。
何もかも私のせいなのだ。
沙織が死んだのも。
詩織から母親を奪ったのも。
照明係の彼を死に追いやってしまったのも。
彼の家族が金銭で苦労するのも。
犯人が憎かった。
人の人生を滅茶苦茶して、安全な場所からせせら笑う犯人が憎かったんだ。
私は犯人探しに躍起になって、あちこちの探偵や調査会社を使い探し回ったが、必ず同じ所でプツリと途切れてしまう。
どこの調査会社も探偵も口を揃えて、これ以上は調査できない、他を当たってくれと言った。
何通目かわからない同じ結果にイライラした私は、結果を報告に来た探偵に、なら一体どこなら調査してくれるんだと詰め寄ると、HRF社ならやるかもしれないが、私には依頼出来ない、私はアルストーリアグループの人間ではないからと言った。
金さえ積めばなんとかなるのでは、そう考えた私はHRF社を退職した者にコンタクトを取り、紹介を頼んでみたが、探偵の言う通り話すら聞いて貰えなかったが、一つだけ収穫があった。
彼らはグループ企業の依頼なら必ず受ける、どんなに黒い依頼であっても、それがグループにとってプラスになるなら受ける筈だ、と。
やっと見つけた希望を繋ぎたかった私は、大分無理をして株を買い戻し、役員を説得し、アルストーリアグループ傘下に下った。
その時、沙織の死から2年経っていたが、殺人の時効にはまだまだ時間がある。
すぐさまHRF社に調査依頼を出し、犯人グループの特定をし、その調査結果を警察に届け出た。
なのに一向に警察は動かず、逆に私は公安から警告を受けた。
『これ以上この件で騒ぎ立てるな、お前は妻一人の為に日本を滅ぼす気か』
これには私もショックで何も言えなくなった。
まさか故郷に見捨てられる日が来るとは思わなかった。
我々の事業だって、資源の乏しい日本にこそ必要だと信じて行っていたのに。
一方で……認めたくはないが、一企業家として彼等の言う事も理解できた。
日本は石油輸入の8割を中東に依存し、石油関連企業のほとんどは中東の王族や近しい者達によって経営されている。
彼等の機嫌を損ねて困るのは日本なのだ。
何よりこれから犯人が詩織に危害を加えないとも限らない。
亡くなってしまった沙織と、今生きている詩織と日本の重要なライフライン。
比べようもないくらい、選択肢は一つしか残されていなかった。
もう、遅かったのだ。
こうして初めての調査依頼は終わった。
私に酷く苦い記憶と後悔を残して。
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