第30話 兄の溺愛はたぶん一生続くぞ!

 ホールの床は大理石に高価な異国の絨毯で、壁の彫刻も洗練されていて、天井から吊り下げられたシャンデリアもきらきらと光が反射して美しかった。

 これが大都会パランデ王国だ。


 着飾った老若男女がホールに溢れている。

 腹の底はわからないが、とりあえず建前上はみんなロビンとレギーナを祝福してくれている。

 中にはこれ幸いとお相手探しをする若者たちもいるが、舞踏会とは本来そういうものだ。


 レギーナはかわるがわる訪れては祝いの言葉を告げていく友人たちに感動した。


「とうとう私たちがあなたにこの言葉を言う番が回ってこようとは!」


 みんないいところの奥様だというのに、レギーナを前にしてはそんな冗談を言って声を漏らして笑う。


「幸せになって、レギーナ。あなたが思っているよりずっと結婚生活は大変だけれど――」

「わかってるわよ!」

「でも、楽しいこともたくさんあるわ。きっとね」


 レギーナは涙をこらえて頷いた。


「――にしても」


 友人たちがもっと近づき、声をひそめる。


「知らなかったわよ、ロビン王子があんな美青年だったなんて……!」

「噂では人前に出られないほどお姿に障りがあるとも言われていたのよ」

「というかそもそも、いたの? ケヴィン王子の話は時々伺っていたけれど、ロビン王子って影が薄くて」

「うっ、顔もいい、声もいい、背も高い……!」


 そして声を揃えた。


「ずるいわよ、レギーナ」


 レギーナは意地悪く笑った。


「へっへっへっへ、いまさら後悔しても遅いんだからねあなたたちは……!」


 話をしているとなぜか本人が寄ってくる。

 男性陣と談笑していたロビンがこちらを向き、静かに歩いてきた。女性陣は「ごめんあそばせ」と言ってそそくさと離れていった。


「話の邪魔をしましたか?」

「いいえ、ロビン殿下がいかに素敵なお方かという話をさせていただいておりましたので、ご本人様を前にしては少々。では失礼」


 物は言いようだ。

 離れていく友人たちを見送り、レギーナは息を吐いた。


「ロビン様はよろしいんですか?」

「少し休憩しようかと思います。僕は本当にこういう場には慣れていなくて疲れてしまって」


 いつだったか、アーノルドがロビンは遊び慣れているのではないかという話をしていたのを思い出した。そんなことはまったく、これっぽちもなかった。レギーナの勝利である。


「それに、挨拶しなければならない人が多くて、料理も食べられないし――」


 その先に続く言葉を予想して、レギーナは先回りして言った。


「お菓子も食べられないし!」


 ロビンが笑った。


「そう、それなのですよ」


 レギーナも笑った。


「夜風に当たりませんか。バルコニーに出ましょう」


 宝石のようなほぼ芸術作品のケーキたちを横目に、ふたりで歩き出す。

 ロビンが手を取ってエスコートしてくれる。

 通りすがる人々が挨拶してくれるのをひとつひとつ会釈して返す。

 自分は今幸せなのよと、見せつけた。


 まあ、ロビンとお菓子を食べる機会はまだ今後もあるだろう。


 バルコニーに出た。


 秋の大きな月が夜空に浮かんでいる。

 今日は雲もなく、また風もなく、涼しくて過ごしやすい天気だ。まるで空まで自分たちを祝ってくれているかのようで嬉しい。


 熱気のこもるホールで火照った頬のレギーナは、全力で深呼吸をした。


「あと、もう少し」


 レギーナの隣で、ロビンが呟くように言う。


「来年には結婚して、あなたと暮らせる」


 遠くを見つめ、口元にはほんのり笑みを浮かべている。


「僕の、新しい家族」


 レギーナはまた大きく息を吐いてから、ロビンの腕に自分の腕をぶつけるようにして寄り添った。


「ずっとおそばにいます」

「レギーナ」

「ずっと、一生。ロビン様が嫌とおっしゃっても、レギーナは絶対に離れませんからね」


 ロビンが声を漏らして笑った。


「そちらこそ。何があっても、僕はあなたを逃がしませんからね」


 彼の顔を見たくて、横を向いた。

 ちょうど彼もこちらを向いたところだった。


 目と目が合う。


 月明かりに互いの姿が映し出される。


 とても幻想的な夜で、体の熱さと空気の涼しさに惑わされて――


 レギーナは、そっと目を伏せた。


 今度こそ、今度こそイケる!


 察したのだろう、ロビンも体を寄せてきた。


 どれくらいぶりの再チャレンジか。


 心臓が爆発しそうになる。


 ゆっくりと、唇と唇が、近づく。


 じん、と頭の奥がしびれた。


 ようやく、この時が来た。


「レギーナ――」


 彼の手が、唇が、触れる――


 そう思ったのに。


「こら!!」


 レギーナはぱっちり目を開け、眉間にしわを寄せた。


「お前ら何をしている!?」


 レギーナもロビンもホールのほうを見た。


 ホールのほうから、着慣れぬ正装を身につけたアーノルドが大股で歩み寄ってきた。


「そんなことをしていいなどと俺は一言も言っていないっ!」


 これじゃあせっかくのいい雰囲気が台無しだ!


「ちょっとっ、どうして邪魔するのよ!?」


 とうとう我慢の限界が来たのか、ロビンまでもが珍しく声を荒げて「そうですよ」とレギーナに加勢する。


「もういいではありませんか、正式に婚約しましたし、僕はずっとあなたの期待に応えてきたではありませんか! これ以上何を求めているのです?」

「そうよ、ロビン様の何に不満があってこんな態度になるわけ!? わたしたち後はもう結婚式を挙げるだけで実質的に夫婦なん――」


 アーノルドの左手が、レギーナの肩をつかんだ。

 アーノルドの右手が、ロビンの肩をつかんだ。

 ものすごい力で、引き剥がされた。


「ああ?」


 人相の悪い顔でにらんでくる。


「理由などない」

「は?」

「生理的に無理だ」


 レギーナとロビンの頭上に雷が落ちた。


「せ、生理的に……!?」

「もう、妹に男が触れているというだけで気持ちが悪い」


 それって一生無理ってことなんじゃ!?


「うちの可愛い妹に何をしてくれる気だ」


 アーノルドの手がロビンの胸倉をつかむ。


「何とは何ですか、できることは何から何まですべてに決まっているではありませんか、野暮なことを言わないでくださいよ」


 ロビンの手もアーノルドの腕をつかむ。


 一触即発。


 いつの間にか人だかりができていた。ホールに集まった招待客が騒ぎを聞きつけて集まってきたのだ。


 レギーナは泣いた。悔しいし、恥ずかしいし、それでいてちょっとだけ嬉しいし、もう、言葉にならない!


 力の限り叫んだ。


「もうーっ、お兄様のバカー!!」













<おわり>



※この次に1話番外編があるので興味のある方はもう1話分お付き合いください



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