第2章 王子様と仲良くなりたい!!
第6話 お菓子を焼くわよ! ~準備編~
謹啓 ケヴィン第一王子殿下
兄上様におかれましてはつつがなく健やかにお過ごしでしょうか?
ロビンは無事ナスフ侯国の首都に辿り着き侯爵家ご一同にお目通りすることが叶いました。
オットー・ナスフ卿はお怪我をなさって以来お元気でないという話でしたが、ただの噂だったようです。
確かに今は杖をついておいでではありましたが、たいへん力強いお方で、すぐにご回復なさるものと見えます。
侯国軍の復活も遠い日のことではなさそうです。それが我が家にとって吉と出るか凶と出るかは未知数ですが、ファルダー帝国全体として見れば喜ばしいことなのではないでしょうか。
また、ご子息のテオドール君は闊達な少年で非常に社交的です。
普段は吟遊詩人になりたいとのたまって周囲を困らせているとのことですが、彼が次期当主で間違いないでしょう。
能ある鷹は爪を隠すというように、調子のいい顔の裏側になかなか聡明なところがあります。
彼が後を継げばナスフ侯国は安泰だと思います。
そして肝心のレギーナ嬢ですが、とても朗らかで素直な女性です。一生懸命名家の令嬢らしく上品に振る舞おうとしているところがいじらしく、とても愛嬌のある、魅力的な方です。
初対面で彼女を妻に迎えたいと思ってしまったことをお許しください。
僕は彼女が王室に新しい風を吹き込んでくれるものと信じています。
少々賑やかな方なので兄上様がどうお考えになるかと思うと多少不安もありますが、僕はいつか彼女を我が家に連れ帰りたいと思っております。
それと、アーノルド・ナスフ殿ともお会いできました。
事の顛末はもしかしてもう誰かから聞き及んでおいででしょうか?
愚かな弟をお許しください。
この件につきましては直接お会いした時に申し開きをさせていただけないでしょうか?
結論から申し上げますと、彼はすぐにはこの結婚を認めてくれそうにありません。
その生まれからレギーナ嬢やテオドール君に悪感情を抱いているのではないかという話でしたが、我々の考えすぎでした。
彼は妹君をたいへん可愛がっておいでですし、弟君に対しても保護者として真剣な態度で臨んでいます。
将軍がナスフ家で持て余すのならば王国で帝国軍の幹部として引き取ると言っていたではありませんか。あれはなかったことに。現状ではアーノルド殿がナスフ家を離れることはないと断言します。
ナスフ家は非常に明るい雰囲気で、賑やかすぎるきらいはありますが全員が忌憚なくやりとりできることは前向きに捉えたほうがいいでしょう。
我々がこの家庭に付け入ることは不可能であると僕は判断しました。
特にテオドール君が愚昧の惣領息子ならば僕が婿に入ろうかとも考えていました。
僕はこの旅の中で僕自身の今後のことについて深く考えております。
ロビンはどうするのが一番パランデ王家のためになりますでしょうか?
兄上様からも何かお言葉を賜りたく存じます。
渓谷の城下町は空気が澄んでいて居心地がいいです。
宿泊している宿からも、険しくも美しい山々と透き通った水の流れる川が見えます。
あと半月滞在してもう少しレギーナ嬢との距離を縮めたいと思います。
それでは、お体ご自愛ください。
謹白 ロビン
今日はロビンが午後のティータイムにあわせて城に来る。
さて、どうやってもてなそう。
午前中のうちに、レギーナは御用菓子職人と打ち合わせることにした。
最初にロビンがこの城に訪れた時、彼がレギーナに王都の菓子を手渡しながら「僕も好きなものです」と言っていたのを思い出したからだ。
ロビンも甘いものが好きなら、彼に何かいい感じの菓子をお出ししたい。
できれば自分の手で。
料理にもチャレンジするくらい彼に尽くす女であることをアピールする絶好の機会だ。
呼び出した菓子職人は細身の中年の男性だが、調理服の袖をまくり上げると想像以上に筋肉がついた腕をしている。
菓子職人はレギーナの話にびっくりしたようだった。
彼はかなり長い時間粘って「ご令嬢がなさるお仕事ではありません」と言い張ったが、最終的にはレギーナの熱意に負けてくれた。菓子職人が最初から最後まで見張りもとい見守りをしてくれるということで決着を見たのである。
オットーにもオットーの分も作るという交換条件を飲んで許可を取った。
汚れてもいいよう、平民風のシンプルな木綿のドレスに着替え、前掛けをつけた。髪もひとつにまとめ、前に落ちてこないようにした。
これで準備万端だ。
レギーナは生まれて初めて自分自身が作業をするために厨房に入った。
これまででもちょっとした用事や料理人たちの応援のために顔を出したことはあったが、自分が中の作業台の前に立つのは初めてだ。
愛する人のために自分自身を汚すことも厭わない娘――なんと健気で可愛いことか! これはめろめろになること間違いなしだわ。
初心者なので作るのは簡単な焼き菓子だ。
作業台の上に並べられたのは右から小麦粉、バター、砂糖。砂糖は二種類、菓子の中に混ぜ込むものと、完成した後に降る粉砂糖である。
なんだ、簡単そうじゃない。
そう思った途端に、これである。
「姉上がお菓子を作るって? 僕の分もお願い」
ひょっこり顔を出したテオドールがそんなことを言ってきた。
これに頷いてしまったのが運の尽きだ。
護衛やら侍女やらが一斉に口を出してきた。
「私の分もよろしくお願いしますわ」
「わたくしもいただきたいです」
「俺もいいですか?」
「僕も楽しみにしています!」
「差し支えなければ私もよろしいでしょうか」
「俺もお嬢様のお菓子を食べたいです」
「任せなさい! みんなまとめてわたしの手料理に酔いしれるがいいわ!」
安請け合いをしてしまった。
人数を鑑みた菓子職人が、次から次へと材料を増やしていった。
「あの人数に行き渡らせるとなると、これくらいですかね」
ためしに、最終的に用意された小麦粉の袋複数をまとめて抱えてみた。
重い。
「……やめておきますか?」
顔を覗き込んできた職人に、内心で冷や汗をかきながらも笑顔で「大丈夫よ」と答える。
どいつもこいつもわたしが優しいのをいいことに甘えてきたな。
いいでしょう、わたしがどれだけできる女か見せてさしあげるわ。
まずはバターを泡立て器で混ぜる。そこに少しずつ砂糖を加えていく。
この時点ですでに手首が痛い。バターを常温に戻して柔らかくしておいたはずだったが、砂糖が入ると結構な手応えを感じる。
バターが真っ白になるまで砂糖を混ぜ終えると、今度は小麦粉を少しずつ足していく。
面倒臭いので一気に全部入れてしまいたい。
そんなレギーナを菓子職人はいさめた。
「ロビン王子のことを考えながら、ゆっくり、ゆっくり入れていきましょう」
「はい……」
そう、乱暴にしてはいけない。へらでさくさくと切り分け、断面を空気に触れさせながら。焦らず、しとやかに、丁寧に。
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