証言

 憂宇子ちゃんとはお店で知り合ったんです。3年ぐらい前かな。あ、俺、その時ホストだったんです。歌舞伎町で。別にそんな売れっ子じゃないですよ、一生続けるつもりもなかったですし。弟さん……ヒサシくんともその時に知り合いました。彼も半年ぐらい同じ店にいたんですよ。彼は俺よりもっと身軽で、大学行きながらバイトで〜みたいな感じでふわっふわやってましたね。俺もふわっふわだったんで、なんとなく気が合って、仲良くなりました。


 憂宇子ちゃんはホスト遊びとかするタイプじゃなかったです。初めて会った時も、憂宇子ちゃんの同僚でうちの店に担当がいる子に連れてこられたみたいでした。最初にヒサシがヘルプについて、次に俺。お兄さんなら分かると思うけど、ヒサシ、マジで顔が良すぎるんですよ。担当変えされたら困るって思ったんじゃないかな、分かんないけど。俺なら大丈夫って思われたのはちょっと悔しいけど、お陰で憂宇子ちゃんと出会えたからラッキーでした。

 憂宇子ちゃんは映画が大好きで、俺も結構見る方だったからその話でそこそこ盛り上がったのを覚えてます。でもお店で会ったのはそれが最初で最後。営業メールしてもLINEしても電話しても全部無視。そりゃそうですよね、付き合いで来ただけだもん。


 次に会ったのはライブハウスでした。ほら、ヒサシ、バンドやってるじゃないですか。それで俺、ヒサシが店辞めたあともなんとなく連絡取る仲だったから、急に誘われて。下北でライブやるから来てよって。それでまあ、暇だったしいいかなって思って見に行ったんですよね。そしたらお客さんの中に憂宇子ちゃんがいたんです。

 びっくりしました。お店で会った時とは全然違ったから。いや、お店での憂宇子ちゃんがその……ブスだったとか変だったとかそういうんじゃないですよ。そうじゃなくて、ライブハウスにいる時の方がほんとの姿だったんです。俺、びっくりしました。あんな綺麗な人はじめて見た。憂宇子ちゃんは薄暗いハコのポスターだらけの壁に寄っかかって煙草を吸ってました。お店ではアルコール拒否、煙草も「あんまり好きじゃないかな〜」とか言ってたのに。嘘じゃんとは思わなかったです。あの時憂宇子ちゃんは変装してたんですよね。ホスト遊びが好きな友だちに付き合ってあげる優しいお姉さんに。

 俺、すぐ、声かけました。名刺も見せて。そしたら憂宇子ちゃん飛び上がるぐらいびっくりして「全然分かんなかった! カッコいい子いるなって思ってたら……」なんて言うから、俺嬉しくなっちゃって。ホストじゃない時の俺のことカッコいいって言ってくれるなんて、素敵な人だなって。

 連絡先を交換しました。お店のじゃない方のLINEとメールと電話番号。毎日お喋りしましたよ。ホスト辞めよって決めたのも憂宇子ちゃんの助言のお陰です。憂宇子ちゃんの旦那さんの知り合いの会社で若い人探してるからどう? って言ってくれて、寿朗さんにもその時に紹介されました。既婚だとは聞いてたけど、実際引き合わされるとあ〜って感じでしたね。いや、悪い「あ〜」じゃないです。超お似合いだな、の「あ〜」です。実際お似合いでしょ、憂宇子ちゃんと寿朗さん。変装が得意でどんな女にも化けられる憂宇子ちゃんと、そんな憂宇子ちゃんのほんとの顔を知ってる寿朗さん。羨ましかったです。俺もこんな結婚がしたいって思った。


 でも………それはそれとして、俺は憂宇子ちゃんのこと好きになってました。憂宇子ちゃんの前では本物の俺でいられたんです。無理やりお酒を飲まなくていいし、自分のダサい話して笑いを取らなくてもいい、俺の私服をかわいいねって言ってくれて、映画の試写会に連れてってくれたりとか、転職したあとも俺の生活を色々気にしてくれたりとか、憂宇子ちゃんは俺の女神なんです。俺、女神に恋しちゃったんです。

 好きって言いました、寿朗さん紹介されてわりとすぐ。憂宇子ちゃんは知り合って以来初めてぐらいの難しい顔で「私とセックスしたいの?」って訊きました。俺は違うって言いました。「寿朗と別れてほしいの?」とも言われて、それも違うって答えました。だって違うから。ただ俺は、俺が憂宇子ちゃんのこと本気で好きだって憂宇子ちゃんに知っててほしかったんです。


 告白したあとも毎日連絡は取り合ってました。憂宇子ちゃんは少し困ってたけど、俺はマジでセックスとかキスとかしたいわけじゃなかったし、いやできるならしたいけど憂宇子ちゃんが嫌がることは絶対しないつもりだったから、いつも通りにしてました。そしたら段々憂宇子ちゃんの態度も元に戻って……俺たちほんとにうまくいっていたんです。

 先月、でしたか。秋が終わって寒くなってきた時期でした。いつも通りに古本屋めぐりした後にふたりでお茶を飲んでたら、憂宇子ちゃんが「死にたいんだよね」って言ったんです。俺、びっくりしました。だって一度もそんな風にしてたことなかったから。

「寿朗にも言ったことないんだけど、あたし、ずっと死にたくて」

 って憂宇子ちゃんは言いました。そういう病気? メンタルの? なのかな、俺には分かんないけど。ホストの時もそういう子に会ってリスカの傷見たりしたことあるけど、憂宇子ちゃんの口からそんな台詞が出るなんて思わなくて。

 それに、寿朗さんも知らないことを俺に言ってくれてるっていうのが、嬉しくて。

「ずっとっていつから?」

「高校生の頃くらいからかな〜。寿朗とはその頃から付き合ってたんだけど、あの人はほら、明るくてアッパーなあたしのことをあたしだと思ってる節があるから、言うに言えなくて」

 ひと回り以上年上の憂宇子ちゃんが、急にちいさな女の子みたいに見えました。そんな気持ちをずっと抱えて生きてたのかって。お店で見た時ともライブハウスで会った時とも違う顔をしてました。


 あ、これが、憂宇子ちゃんなんだ、って思いました。


「もしほんとに生きてるのが嫌になったら、こっそり俺にだけ教えてくれる?」

「こっそり教えたら、どうなる?」

 煙草を灰皿に押し込む憂宇子ちゃんの手を取って俺は答えました。


「ほかにはなんにもいらないから、命だけ俺にちょうだい」


 その日初めて憂宇子ちゃんに触りました。痩せて骨張った手をしていました。左手の結婚指輪は燻んだような銀色で、すごく綺麗で、俺は本当にほかになんにも要らなかったんです。


 憂宇子ちゃんからその連絡が来たのは、今からちょうど一週間前です。

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