ハッピーエンド
大塚
葬儀
幽霊が見えるから葬儀場には行きたくない、という理由は一般的には通用しないので、
友人知人の多い女性だったのだろう。参列者は多かった。その多くが目に涙を浮かべ、ハンカチを握り締めていた。喪主は憂宇子の配偶者である白野
「……あの子めっちゃ泣いとるね、友だちかな」
「あ?」
傍らで電子タバコを吸っていた相澤が呟いた。
市岡より少しだけ長身の相澤の視線の先を追うと、たしかにそこには身も世もなく泣き崩れる若い男の姿があった。まだ青年と称しても良いかもしれない。周りに立つ人間たちが順繰りに背を撫でたり肩を抱いたりして慰めているが、彼の慟哭は一向に落ち着かない。
故人よりひと回りほども年若い彼が何をそんなに嘆いているのか、気にならないといえば嘘になるが、気にしないことにした。市岡稟市には幽霊が見える。そういう特殊能力がある。仮にあの嘆きの彼が何か……常人の手には負えない業を背負っているとして、その原因が故人や、或いはこの葬儀には直接関係ない死人にあるとしたら、そんなものには関わり合いになりたくない。見えはするが、市岡は幽霊が苦手だ。有り体に言って怖い。だから、よっぽどの事情がなければ他人の持つ「それ」には踏み込まないようにしている。
「あ、寿朗さん」
相澤がまた口を開く。喪主が嘆き悲しむ青年の肩を抱き、それから自らの胸に抱き寄せて、やさしく頭を撫でた。寿朗の背中にしがみ付くようにして、青年は体が大きく震えるほどにしゃくり上げていた。相澤と白野寿朗は仕事の関係で繋がりがある。市岡は白野寿朗のことをまるで知らない。しかし、自分の妻の葬式で泣き崩れる赤の他人(かどうか、正確なところは分からないが)を抱き締めて慰めてやるなんて、ずいぶん人間ができた男なのだなと思った。
坊主が読経を行なっているあいだも青年は泣き続けていた。喪主である寿朗の隣に席を作ってもらい、彼に手を握られながら泣いていた。
「憂宇子さんてどんな人だったの」
小声で尋ねる市岡に相澤は小首を傾げ、
「俺も何回かしか会ったことないんよね。でも、寿朗さんの奥さん〜って感じの人やったよ。なんていうの、清楚やけど気ぃの強い、あと映画がめちゃくちゃ好きって聞いたわ。ほら、寿朗さんそういう仕事しとるやん」
白野寿朗は小さなデザイン事務所の社長である。映画の宣伝を請け負ったことも少なからずあるだろう。
「ふーん……」
相澤から詳しい事情を聞き出せるとは端から思っていなかった。それにそもそも、触れてはいけないし触れる気はない、これが市岡の大前提だ。
「……あれ?」
経を読む坊主の後ろ姿に視線を向け、その流れで棺を視界に入れた市岡は思わず小さく呟いていた。
「なんで?」
なにが、と相澤が袖を引くが、応える余裕が市岡にはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます