第96話




「うわっ……嫌だ。こんなほやほやあまあまな空気だと知っていたら、来るんじゃなかった」

 大量の本を抱えたルートヴィッヒが、戸口に立つなりげんなりとした表情でそんな後悔を吐き出した。

「おう、何かわかったか?」

「いや、目新しいことは何も」

 侍女を下がらせて部屋の扉を閉め、ルートヴィッヒは持ってきた本をテーブルにどかっと下ろした。大陸史に国史、宗教関連の本ばかりだ。

「天にいます神々は、命を生み出す乙女を創り愛した。愛された乙女は海の一番いいところに横たわることを許され、眠りに就いた。彼女の体の上にありとあらゆる生命が生まれ、乙女は大陸神と呼ばれるようになった。乙女の名はゴドランディア」

 ルートヴィッヒがそらで口ずさんだ。

 この大陸に存在する国々の歴史は、皆同じ大陸神ゴドランディアの誕生で始まっている。そこからは国によって様々だが、ここまでは共通しているのだ。

「やがて人間が生まれると、争いが始まった。生命を殺す人間の行いに怒ったゴドランディアは人間を滅ぼすと脅した。心を入れ替えた人間達は争いを止め、国を創った。ゴドランディアは最初に争いを止めたヴィンドソーン族に魔力を与えた。他の国にも魔力を与えた。だが、レクタル族だけは魔力を与えられなかった」

「なんで、レクタルだけは魔力を貰えなかったんだろう?」

 ルティアは首を傾げた。

 子どもの頃にちゃんと習ったはずの建国史だが、今まで気にしたことはなかった。

「レクタルが最後まで争いを止めなかったから、と言われているな。レクタルを蛮族と罵る根拠の一つとなってしまっている」

 ルートヴィッヒが眉をしかめて答えた。

 それから、一冊の本を開いてガルヴィードとルティアに見せた。

「うちの建国の神話は今の通りだが、サフォアとドモンドの建国神話には白い魔法使いと黒い魔法使いが出てくる」

 ガルヴィードがルートヴィッヒが示した部分を読み上げた。

「『争ふな。さあらねば、我、人を絶やしたり』……ここまでは同じだな。この後が少し違う。『人々大いに恐れ、二人の子、神の怒りに許しを講ふ。祈る心真なれば、神の怒り解けて、子らに祝福与えん。二人の子、白き魔力と黒き魔力を得たり。人々大いに喜ぶ』」

 神に争いを止めねば滅ぼすと脅された人間達が、二人の子どもを神に差し出した。神は二人の祈りに怒りを解いて、二人の子どもに祝福を与えた。すると、子ども達は白い魔力と黒い魔力を得た。

「これが白い魔法使いと黒い魔法使い?」

「続きを読んでみろ」

「えーっと……『白き魔力得し子、人々に白き力分け与えたり』?」

「『人々、白き魔力を得たり』……白い魔法使いは神から与えられた白い魔力を他の人間に分け与えることが出来たらしいな」

 ルティアは驚いて口を開けた。

「そんなこと出来るの?」

「出来たってことになっている……ヴィンドソーンでは、魔力は争いを止めた褒美に神から直接与えられたもの。サフォアとドモンドでは、神から力を与えられたのは二人の子どもで、その子どもから魔力を分けてもらったことになっているな」

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