第94話




 訓練棟に戻ってくると、周りからの視線が突き刺さった。

 どういう話に仕立てたのかは知らないが、ユーリとアンソニーが揉めて、アンソニーがここからいなくなることは既に広まっているようだ。

 ユーリは足早に部屋に戻った。

 ***

「そういえば、ビクトルはどうしたのじゃ。姿を見ておらぬが」

 ユーリが出て行った後の部屋で、シャークローが尋ねた。

「二日前、サフォアの王女を王宮へ案内した後、一度戻ってきてまた出て行きました。なんでも、妹が病のため傍についていてやりたいと」

「妹……というと、シスターコゼットか。ふむ」

「呼び戻しましょうか?」

 少し考えて、シャークローは首を振った。

「いや、今は教会は大変なのじゃろう。あの夢の後、英雄を崇める動きが膨らみ、大陸神への信仰は薄れていると聞く」

 魔王に滅ぼされかけている時も大陸神はお救いくだされなかった、と信仰を捨てる者が少なからず報告されている。

「シスターコゼットは敬虔な修道女じゃ。現在の状況は辛いものじゃろう。——わしにも気持ちは少しわかるよ」

 栄えある魔法教会が、魔王を前に何も出来なかったのだから。シャークローはそう言って、ビクトルの休職を認めた。

 ***

 部屋に戻ってきても何をする気にもなれず、ユーリはベッドに寝転がった。訓練に向かうべきなのだろうが、今はまだ杖を見たくない。あの時からずっと、杖は空間に仕舞いっぱなしだった。

 今は何も考えたくない。ユーリは頭をからにしたくて目を瞑った。

 目を瞑ると、瞼の裏に無理矢理見せられた光景が蘇る。

 この大国ヴィンドソーンが一人の魔王に亡ぼされるだなんて、にわかには信じ難い。

 それに、騎士や魔法使いが束になっても適わなかった魔王を、一人の少年が倒してしまうのも不自然だ。もちろん、あのアルフリードという少年が果たした役割が大きいことは理解できる。絶望に沈んで滅びを待つばかりだった人々を鼓舞し、再び立ち上がらせたのだから。

 だが、あの少年が本当に魔王を倒したのだろうか。

 あの少年が何かに剣を突き立てて倒したのは見た。だが、倒された者の姿は見えなかった。

 あれは、本当に魔王だったのだろうか。魔王だったのなら、何故、目の前の剣を持った少年を、魔法で倒さなかったのだろう。

 ユーリはあの少年のことが気になった。そんなわけがないのに、どこかで見かけたことがあるような気もする。

 あの少年、この国の王家の血を引く英雄。名前は——

「……アルフリード、ヴィンドソーン」

 ぽつりと呟いた。

 その瞬間、

『あーっ!やっと繋がった!!』

 喜色満面の声が頭の中に響いて、ユーリは驚いて飛び起きた。

「な、なに……?」

『驚かせてごめん!でも、良かった!全部、キミのおかげだ!』

 戸惑うユーリの頭の中で、少年の声が響いた。

『僕の名前は、アルフリード・ヴィンドソーン!キミの魔法のおかげで、ここに来れた!』



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