第93話
「今、この国では魔王と戦うための力を欲している。お主はまさに、我々の救世主となってくれるかもしれぬ存在なのじゃ」
シャークローの声がどこか遠くに聞こえる。
「その夢が真実かはわからん。だが、我々は三年後に魔王が蘇るものと考えて動かねばならぬ。国が滅びるのを座して待つ訳にはいかんのだ」
国が滅びる。
ユーリはふと、国が滅びる光景を、以前にもみたことがあるような気がした。
「その夢ではヴィンドソーン以外の国がどのような状況かはわからぬ。レコス王国には被害がないのかもしれん。だから、お主が戦う理由はないのかもしれない」
ユーリは足を踏み直してまっすぐに立った。
「なっ……?」
六部卿がガタガタと椅子を蹴倒して立ち上がった。ユーリの前に、シャークローが跪いたからだ。
大魔法使いシャークロー・ゴドウィンは、ヴィンドソーン王立魔法協会の頂点であり、大陸に並ぶ者のない唯一無二の存在ーーーであるはずだった。
「そこを曲げて頼む。どうか、魔王を倒すために力を貸してはくれぬか」
六部卿は声を失った。すべての魔法使いの頂点に立つ大魔法使いに、膝を突かせる存在が、生まれてしまった。
まだ、たった八歳の子どもだ。
六部卿は皆、魔法協会で育っている。大魔法使いシャークローは彼らが子どもの頃から大陸一の魔法使いで、彼より偉大な魔法使いなど存在しなかった。
だから、認め難い。シャークローが、たった八歳の子どもに跪くなど。
悔しくて、六部卿はそれぞれ唇を噛んだり拳を握りしめたりした。だが、一番悔しいのはシャークローに違いない。
あの夢の中で、シャークロー始めとする魔法使いは、何の役にも立っていなかったのだから。
六部卿の一人、シャリーナ・アゼルジャンは唇を噛みしめたまま、シャークローに習って膝を突いた。
その隣に、クロットア・ボタルゼが跪く。
「ちっ」と舌打ちが聞こえて、マルクス・ヤプセンがどかっと膝を床に打ち付けた。苦悶の表情を浮かべたヒルデガルド・ソナーが並ぶ。
最年長のヘクター・ガロアが重い溜め息と共に四人に習う。
最後に残されたエイブラハム・モンキスは頭に血を上らせてぶるぶる震えていたが、ややあって、顔を屈辱に歪めて跪いた。
「どうか、この国に留まってほしい」
たったそれだけの願いのために、ヴィンドソーン王立魔法協会の最高幹部、大陸で最も優れた魔法使い達が、八歳の少年の前に跪いていた。
ユーリは頭を垂れる大人達を声もなく見守っていた。
大陸一の大魔法使いを跪かせても、ユーリは得意な気になど一切ならず、むしろ何か薄ら寒い気になった。
逃げられないという想いが、ユーリの胸にひしひしと迫ってきた。
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