第92話
アンソニーの身に起きたのは、カークに起こったことと同じだった。魔石に直接触れたことにより、魔石の魔力が体に吸収されてしまったのだ。
カークの場合は小さな魔石だったから体に影響はなかったが、アンソニーは一気に大量の魔力を吸収してしまったことで、体と精神に莫大な負担がかかったのだという。
「幸い、一晩経ったら意識を取り戻した。魔力の状態は不安定だが、いずれ落ち着くじゃろう」
シャークローの言葉に、ユーリは少しだけほっとしたが、安堵は出来なかった。
「じゃが、あれ以上の魔力を吸収していたら、恐らく精神が壊れていたじゃろう。……本人の希望もあって、アンソニー・マーベルにはここを辞めて家に帰ってもらうことになった」
ユーリは息を吸い込んだ。
「……僕も、辞めたい」
小さな声で漏らしたが、六部卿に動揺が走った。シャークローは黙っている。
ユーリはきっと顔を上げて幹部達を睨みつけた。
「僕の創った杖が、あんなに危険なものだなんて知らなかった!またあんなことが起きないように、僕はここから出て行く!」
ユーリの目の下には隈が出来ていた。昨夜は恐ろしくて眠ることが出来なかったのだ。目を閉じると抜け殻のようになったアンソニーの姿が蘇って、彼が元に戻らなかったらどうしようと生きた心地もしなかった。
初めて、自分の力が恐ろしいと思った。魔法使いになど、なりたくないとも。
レコス王国に帰って、行商の息子として生きる方がいい。父も母も温かく迎えてくれるだろう。家に帰りたい。
だが、シャークローはユーリの主張を重々しく退けた。
「それはならん。お主を失うわけにはいかんのだ」
「何でだよっ!僕はあんた達に従わなきゃならない理由はないっ!!」
ユーリが自分の国に帰るのに許可を得る必要などないはずだ。ヴィンドソーンにユーリを縛り付ける権利などない。
だが、シャークローは首を縦に振らなかった。
「お主にはここにいてもらう。お主の力は皆の命を救うために必要なのだ」
ユーリはシャークローを睨みつけた。訳もわからず連れてこられて、才能があるからここで修行しなさいと言われた。他国に一人で残されることには不安を感じたが、魔法使いになれるのならきっとレコス王国の役に立てると思って受け入れた。
魔力を持たないために苦労してきた自国の民のために、役に立ちたかっただけだ。
ヴィンドソーンの民のためじゃない。
「あんた達は僕に何をさせるつもりなんだよ!?「魔王」って奴と戦えっていうのか?嫌だよ僕は!なんで僕がなんの恨みもない奴と戦わなくちゃいけないんだ!」
ユーリは怒鳴った。ヴィンドソーンが何と戦おうとしているのか知らないが、レコスの民であるユーリが巻き込まれていいはずがない。
そう主張して睨みつけてくるユーリに、シャークローが溜め息を吐いて肩をすくめた。
「お主に何も話さなかったことは謝罪しよう。正直、わしも迷っておった。心を決められなかったのじゃ。お主はあまりに幼い。十にも満たぬ幼子を戦力に数えていいのかと。だが、手放すにはお主の力はあまりに膨大すぎる」
シャークローが立ち上がって軽く杖を振った。
瞬間、ユーリの脳裏に知らない光景がぱらぱらとめまぐるしく映った。
突如降り注ぐ恐ろしい魔法の力。息絶える人々。絶望に沈む国。現れる英雄。
ユーリは頭を押さえてふらりとよろめいた。
「……わしの記憶の一部をそなたに見せた。それは、ヴィンドソーン王国の全国民がみせられた未来の夢じゃ」
「う……」
恐ろしい光景を見せられて、ユーリは口を押さえて吐き気を堪えた。
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