第90話 そういうの




 帰りの馬車に乗り込むルティアのために、ガルヴィードが王宮の門まで見送りについてきてくれた。

「じゃあな」と言ってルティアのまっすぐな金の髪を指で梳くので、お返しに少し癖のある漆黒の髪を軽く引っ張ってやった。

「あ、そうだ」

 聞きそびれたことがあったのを思い出して、ルティアは馬車の窓から顔を出してガルヴィードに尋ねた。

「さっきの話を聞いていて気になったんだけど、ガルヴィードが自分の意思を出すのを「何か」は苦しめて邪魔していたんでしょ。だから、私と一緒にいる時もガルヴィードはずっと苦しかったんでしょ?苦しいのに、どうして私を遠ざけなかったの?」

 ガルヴィードが興味や好意を抱くものはすべて苦痛で抑えつけられて遠ざけられたのだと言っていた。それなのに、ルティアとは苦痛に耐えてでも一緒にいようとしたのは何故だろう。

 ルティアがそう尋ねると、ガルヴィードはきょとん、と目を丸くした。

「なんでって……そんなの、俺だって知らねぇよ」

 眉をひそめて、ガルヴィードが言う。はっきりしない答えに、ルティアは「むぅ」と口を尖らせた。

「俺だって、他のものよりも強くお前に執着した理由なんか説明出来ねぇよ。そういうことを上手く表現出来るほど詩作は得意じゃないからな。理由なんて無くても、苦痛に耐えてでもお前を傍に置いておきたかったってだけだ。そういうのを、恋っていうんだろ、たぶん」

 そこで馬車が走り出したので、ガルヴィードは門の前に立ちルティアに手を振った。ルティアも手を振り返して、遠ざかっていくガルヴィードの姿をみつめた。

 それからしばらくして、馬車の中で「ふえ!?」と素っ頓狂な悲鳴が上がった。

 帰宅したルティアが真っ赤な顔でふらふらしていたため、それを目にしたロシュアが「またあのクソ野郎に何かされたんじゃないだろうな!」と言い出して一頻り騒ぎになったのだが、ルティアが必死に止めたために今回は手袋が持ち出されることはなく済んだ。


 止めたのが自分だけで、父母及び使用人達が「やっちまえ!」モードだったことはルティアにとって解せなかったが。



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