第88話 側近の必須能力
真っ赤な顔で絶句するルティアから目を逸らすガルヴィードだが、彼の耳も真っ赤に染まっている。
その耳をみつめながら、ルティアも先日みた夢を思い出していた。
縋るガルヴィードを拒絶していた自分の姿。
あんな風に、拒絶したのかもしれない。あの夢の中で、確かにガルヴィードは絶望の表情を浮かべていた。
「それでガルヴィードの精神は弱って、「魔王」に体を乗っ取られて惨劇の幕開け、か。一応筋は通るな」
「想像にすぎないけどな」
冷静に話し合う側近達の言葉が耳に届くが、ルティアはいたたまれない気分でこの場から逃げ出したくなった。
もしも、ガルヴィードの推察通りだったとしたら、未来の自分がガルヴィードを拒んで追いつめてしまったせいで、魔王が目覚めてしまったのではないか。
もっと、ちゃんと、ガルヴィードに寄り添っていれば。
(私……一緒に戦うって、言ったのに……)
ルティアはぎゅっと唇を噛んだ。未来の自分は、肝心な時にガルヴィードを一人にしてしまったのだ。でもそれは、もしかしたら今の自分の身にも起きていたかもしれないことだ。もしも、側近達が止めに入ってくれなかったら、自分は……
「ルティア」
不意に、ガルヴィードがルティアの両肩を掴んで顔を覗き込んできた。ルティアははっと顔を上げた。ガルヴィードの漆黒の瞳が、すぐ目の前にある。
「三人には話したが、俺は未来の俺が父上を殺しアシュフォードに剣を向けられている光景を夢にみた。その夢の中で、俺は完全に俺ではないものになっていた」
ガルヴィードは真剣な表情でルティアに告げた。
「その夢をみて、俺は焦ったんだ。三年後に俺が俺じゃなくなるなら、お前と子どもを作るのは、俺じゃないんじゃないかって」
ルティアは目を見開いた。
そんな馬鹿な。そんなことあるわけが、ない。
「嘘!私、ガルヴィードじゃなかったら子ども作ったりしないもん!」
ルティアは幼子のようにぼろぼろ泣き出した。
「そこは俺じゃない俺が無理矢理したのかも……とにかく、俺は嫌だったんだよ。俺じゃない俺がお前を、って思ったら、頭がおかしくなりそうで、そうなる前に……って、それしか考えられなくなった」
ガルヴィードはふーっと息を吐いて頭を下げた。
「怖い想いをさせて、悪かった。お前に誓う。俺が、ちゃんと俺だけになるまで、お前には何もしない」
ルティアはぐずっと鼻をすすった。夢でみた我が子——アルフリードの顔が思い浮かぶ。「僕を産んで下さい!」と懇願していた姿。
「……未来で何があったかはわかんないけど、でも、あの子は「魔王」の子どもなんかじゃない。アルフリードは、絶対にガルヴィードの子どもだよ!」
ガルヴィードもはっと顔を上げた。
「そうか……そうだな。あれは、俺達の息子だな」
「そうだよ!絶望する人達を鼓舞して、諦めずに戦い抜く勇ましさ……ガルヴィードにそっくりだもん!」
「いや、傷ついた人々に寄り添う優しさは、ルティア譲りだ。間違いなく」
「それを言うなら、あの子が……」
ルティアとガルヴィードは互いにみつめあったままアルフリードがいかに互いに似ているかを熱弁し合った。
取り残された三人は口を挟むことなく、二人の傍で茶をすすった。
王太子の側近たるもの、いざという時は家具や置物と同化して気配を消すぐらいの芸当は身につけているのである。
ただ、出来ればカップが空になる前に二人の世界から戻ってきてもらいたいものである、とは思ったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます