第87話 未来の彼





「未来の俺は、ルティアを取り上げられたんだろう」

 あっけらかんと言うガルヴィードを見上げて、ルティアはぽかん、と口を開けた。

 いや、そんなことぐらいで精神が壊れたりしないだろう、と思ったのだが、ルティア以外の三人は真剣な表情で「なるほど」と頷いていた。

「前に、少し未来の俺が病人のように扱われていた夢をみた。その夢の俺はルティアに会いたがっていたが、「ルティアが傍にいると具合が悪くなる」と言って止められていた」

 ルティアは「あ」と声を上げた。手を繋いでうたた寝した際にみた夢だった。

 ガルヴィードはふんっと鼻を鳴らして笑った。

「いつまでたっても体を明け渡さない俺に痺れを切らしたのか、それとも俺が大人になったから頃合いよしと見て本格的にルティアを排除にかかったのか。どっちかは知らないが、ガキの頃と同じことをしたんだろう。ルティアが傍にいる時だけ、俺が苦しむようにしたんだ。周りから見れば、俺が発作でも起こしたように見える」

「……突然、子どもの頃みたいに顔をしかめたり苦しそうにしていれば、病気の発作にも見えるだろうな」

「それを繰り返せば、病人扱いされる。ルティア嬢の傍にいる時だけ発作が起きるなら、会わせないようにするのは理解できる。それ以前に、何の病気かわからなければ、当然王太子妃となる予定のルティア嬢は遠ざけられる。感染病だったら洒落にならないからな」

「それでルティア嬢と会えなくなって精神が壊れたのか?弱るぐらいならわかるけど……その前に、いくらなんでも王太子が望めば面会ぐらいは許されるだろう。完全に会えないなんて……」

 エルンストが納得できないように眉をしかめた。

 いくら会えなくなったといっても、一年や二年でガルヴィードの精神が壊れるはずがない。幼少の頃だって、ずっと辛かっただろうに、ガルヴィードは一人で耐えていたではないか。エルンストはその頃のガルヴィードの姿を良く覚えているだけに、納得が出来なかった。

 エルンストに言われて、ガルヴィードは気まずそうな笑みを浮かべた。

「いいか、これは想像だぞ?ただの、可能性の話な。……たぶん、今回と同じことを俺がやらかしたんだろう」

 ガルヴィードの言葉に、ルティアは首を傾げた。側近の三人も寸の間なんのことかわからないというように眉をひそめたが、ややあって「……あー」と乾いた声で呻いた。

 ルティアは目をぱちぱち瞬いて彼らの顔を眺めたが、皆してさっと目を伏せられた。

「つまりだな……会えなくなって、しばらくしてから会えた時に俺が……飢えるだけ飢えさせられて、我を忘れたんだと……」

 ルティアに目を丸くして見上げられたガルヴィードが、そっぽを向きつつごにゃごにゃと呟く。

「と、とにかく、それで俺は未来のルティアやお前達から愛想を尽かされたんだろう。……未遂で済まなかったら、ここでも今頃そうなっていただろうな」

 ルティアはようやく彼がなんのことを言っているのか理解して顔を赤らめた。



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