第86話 壊し方





「黒い魔法使い?」

 フリックは魔法協会でタッセルから聞いた仮説をガルヴィードとルティアに説明した。

「そのおとぎ話なら知ってるけど……」

 ルティアが困惑気味に眉根を寄せた。

 白い魔法使いと黒い魔法使いが仲良く暮らしていたが、黒い魔法使いが悪に堕ち白い魔法使いに倒された。

 たったそれだけの伝説だ。大陸中に同じ話が伝わっており、劇になったりもしているが、あちこちで脚色されたり作り替えられたりしているのでほとんど原型を止めていない。

 そんな本当にいたかも定かじゃない伝説の登場人物が転生していると言われても、現実感がない。

「まあ、まだ正体が「魔王」なのか「黒い魔法使い」なのか「他の何か」なのか、なにもわからないな」

 エルンストが前髪をくしゃっとかき混ぜた。

「ここまででわかっていることをまとめると、ガルヴィードは幼少の頃から自分の意思を表に出そうとすると胸が苦しくなる体質だった。そのため常にしかめ面で、周りとの間に壁があった。しかし、遠慮なく突っ込んでくるルティア嬢と出会ったことで徐々に苦しさを抑えて自分を表に出せるようになっていく。一方、ガルヴィードの意思を抑えておけなくなった「ガルヴィードの中の何か」はルティア嬢を邪魔に思い激しく嫌う。そいつが向けてくる敵意を感じ取ったルティア嬢もガルヴィードの中のそいつを嫌った」

 エルンストが手に持ったペンをくるくる回した。

 それから、ふと考え込むような仕草をして黙り込んだ。

「どうした?エルンスト」

「んん……いや、幼少の頃のガルヴィードを知っている身からするとさ。もしも、ルティア嬢と出会っていなかった場合、ずっとあのままだったんだろ。喜びも興味も感じるのに、そのたびに苦しめられ抑えつけられてを長年繰り返していたら……そんな状態で心が無事でいられるだろうか」

「どういうことだ?」

「つまり、ルティア嬢と出会わなかったら、ガルヴィードの精神はとっくに壊れていたんじゃないかって話」

 ルティアははっと顔を上げてガルヴィードをみつめた。ガルヴィードは驚いた様子も見せずに涼しい顔をしていた。

「まあ、そうだろうな。俺の精神が壊れてしまえば、「魔王」が俺の体を自由に使えるようになる。それが目的だったんだろう」

 ガルヴィードは平然とそう言った。ルティアは思わずガルヴィードの腕にくっついた。ガルヴィードの精神が壊されようとしてだなんて、恐ろしくて、許せなかった。

 ルティアがぎゅうぎゅうくっつくと、ガルヴィードが落ち着けというように頭を軽くぽんぽんと叩いた。

「逆に言うと、「魔王」といえども本来の体の主であるガルヴィードの精神を押しのけて体を支配することは出来ないということだな」

 ルートヴィッヒが冷静な口調で言うが、それにフリックが口を挟んだ。

「ちょっと待て!そうすると、未来の夢の中では、三年後にガルヴィードの精神が壊されたということか?」

「……そうなるな」

 夢の通りならば、三年後にガルヴィードの精神が破壊され、体は「魔王」に奪われる。

 側近達は顔を青くし、ルティアはより一層強くガルヴィードの腕にしがみついた。

 一人、ガルヴィードだけは眉一つ動かさなかった。

 ガルヴィードは不安そうに自分に縋りつくルティアをみつめて目を緩ませた。大丈夫だ。ガルヴィードはそう思った。この何より大切な存在を手放しさえしなければ、己れの精神が壊されることはないという確信があった。

「俺の精神の壊し方なら、わかる」

 ガルヴィードがなんてことのないように言うので、四人は目を丸くした。

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