第81話 黒い焔





 舞台の上に取り残されたガルヴィードはぼんやりとロシュアの後ろ姿を眺めていた。

 貴族達は国王とロシュアのやりとりを見守ったりビークベル家との縁を繋ぐ方法を思案したりしていて、誰一人としてガルヴィードのことを気にしていない。この場の主役はロシュア・ビークベルだった。

「なんかすげぇな……」

 フリックが呆然と呟いた。

 ガルヴィードは舞台の上に座り込んで、「んあーっ」と溜め息を吐いた。

「はあ……駄目だな、俺は」

 自嘲して、空を振り仰いだ。

 ルティアの顔が思い浮かぶ。あんな真似をしておきながら、まだ謝っていない。合わせる顔がないなんて言い訳だった。

 手放す気がないのだから、許されるまで償わなければ。

 ぽんっと背中を叩かれた。

 いつの間にか舞台に上がってきていたエルンストとルートヴィッヒが苦笑いを浮かべて立っていた。

 フリックも肩をすくめて笑う。

 ガルヴィードは照れくさそうに髪を掻き上げて、久しぶりに口角を僅かに持ち上げた。


 ビクトルは震えていた。

 憤慨した王女が決闘場に向かってしまったので、付き添いのビクトルも仕方がなく付いてきたのだが、決闘場を一目見た瞬間、ビクトルはその場に縫いつけられたように動けなくなってしまった。

 ビクトルは、これまで王太子を見たことがなかった。

 噂ぐらいは聞いたことがあったが、王宮に近寄るような用事もなかったし、王家に興味もなかった。

 第二王子の魔力値は高いが、王太子は平均以下らしい。へぇ、黒髪黒目は先祖返りじゃなかったのか。王族は魔力値が高いはずなのに、珍しいね。

 そんな噂は聞いていた。

 だから、王太子が王族にしては珍しく、魔力値が低いということは知っていた。

 ビクトルはごくりと息を飲んだ。ぎゅっと拳を握り締める。

 なら、あれはなんだ。あれは、なんなんだ。

 汗が額を伝って頬を流れ落ちる。心臓がどくどく音を立てた。

 舞台の上に立つ黒髪の青年。あれが王太子なのだろう。

 側近らしき若者達に囲まれて不器用に微笑む姿は、ごく普通の青年に見える。

 だが、それを見たビクトルは激しい恐怖にぶるぶる震えた。

 ユーリを見た時と同じ、いや、それ以上の衝撃だった。

 黒い焔が王太子の全身から、青空まで遮るほどの激しさで噴き上げられていたからだった。



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