第79話 「敗者」




 ぜえ、ぜえ、と、しばしロシュアの吐く苦しい息の音だけが響いた。

「……勝者 ガ」

 ガルヴィード、と言おうとして、フリックは迷った。

 果たして、今の決闘の勝者はどちらだろうか。

 呆然として立ち尽くすガルヴィードは、とても勝者とは呼べない表情をしていた。

 何よりも、地べたに倒れ込んで濁った音の息を繰り返すぼろぼろの男の姿があまりにも尊く見えて、「敗者」だなどと名付ける気にならなかった。

 それは観衆も一緒だったらしく、誰もが声もなく倒れ伏した男を見つめて息を殺している。

 ハルベリーとヘリメナも、倒れたロシュアの姿を見つめていた。

「「……か」」

 ハルベリーとヘリメナ、二人が同時に口を開いた。

「「か……かっこいいいい~っっ!!!」」

 静まりかえっていた決闘場に、華やかな絶叫が響き渡った。

 ついでに「ずっきゅうぅぅ~んっ」という何かが撃ち抜かれた音も。

「す、素敵……ロシュア様……お優しい方だと思っていたけど、こんなに力強い一面をお持ちだったなんて……っ」

「み、見ましたか、ガロトフ……あれこそっ、あれこそ、真の男というものですわぁ~っ!!」

 感動にぶるぶると打ち震え、称賛を口にする令嬢と王女の姿に、観衆に混じった他の令嬢達も口々に囀り出す。

「穏やかな方だと思っていましたのに……妹のために王太子殿下に立ち向かうだなんて……素敵!」

「こ、こんな野蛮な……っ、ああ、駄目!この胸のときめきを誤魔化せないっ!!」

「ああっ!駆け寄って私が助け起こして差し上げたい!……っちょっと皆様どいてくださらないっ!?」

「いいえ!私だってあの方に寄り添って差し上げたいわ!」

「抜け駆けは許せませんわ!」

 頬を染めてふらりとよろめいたり舞台へ駆け寄ろうと押し合い揉み合いするご令嬢達であるが、男性達も負けてはいなかった。

「なんとまっすぐな若者だ!」

「ビークベル家の嫡男……婚約者はいない?よし!」

「我が孫の婿にしたや~」

「うちの娘は十四歳……年回りもよく……すぐにビークベル家に使いを!」

 なんだか大変なことになっているが、周りの声が聞こえていないのか、ロシュアは静かに起き上がった。

 そして、ガルヴィードには目もくれず、観衆の中で見守っていた国王夫妻の前によろよろと進み出て跪いた。

「……王太子殿下に対する許されざる無礼、私はビークベル家と縁を切り罰を受けたいと思います。どうか、父母と妹には寛大な御心を賜りますよう、お願い申し上げます」

 その潔い態度に、観衆はまたも息を飲む。

「なんと……っ」

「あのような若者がいたとは……」

「さすがは英雄の母の兄だ!」

「ビークベル卿とは是非今後は懇意にしたいものだ」

 ちなみにご令嬢達はときめき過多で息も絶え絶えだ。胸を押さえて倒れ込む者もいる。

「ロシュアよ……頭を上げるがいい。頭を下げねばならぬのは我らの方だ」

「ええ。その通りです。貴方にも、ギーゼル伯にも、もちろんルティア嬢にも……私達は憎まれても仕方がありません」

 国王夫妻は労しげにロシュアをみつめた。

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