第78話 認めない





 一人はヴィンドソーン王国の王太子、もう一人は、小柄でとても決闘をするようには見えない少年のような青年。

 ヘリメナは目を見張った。

 あんな優しげな風貌の青年が、王太子に向かって握った拳を振り回している。

「ロシュア様……っ」

 ふと届いた声を辿ると、先程の少女が人垣の外で心配そうに舞台を見つめていた。

 ヘリメナもそちらへ近寄って舞台を見た。

 ロシュアと呼ばれた青年が、距離をとろうとしたガルヴィードの服を掴んで引き倒そうとする。それを振り切ろうとしてバランスを崩すガルヴィードに殴りかかる。ガルヴィードが怯んだ隙をついて飛びかかり、地に押し倒す。拳を振り上げるロシュアだが、ガルヴィードにあっさり体勢を入れ替えられる。しかし、ガルヴィードはロシュアを攻撃せず、押さえつけることもせずにすぐに起き上がる。

 どうやら、ガルヴィードはロシュアという青年を止めようとしているようだ。

 だが、ロシュアはすぐさま立ち上がるやまたガルヴィードに突っ込んでいく。うんざりしたのか、ガルヴィードが少し乱暴にロシュアを突き飛ばす。ロシュアは倒れ込んで肘を突く。それでも、すぐにまた立ち上がる。

「ロシュア!頼むからもうやめろ!」

 ガルヴィードが懇願するように怒鳴った。

 だが、ロシュアはやめようとしない。すでに息は絶え絶えで、何度も倒れこんでいるせいで服はあちこち破れて全身に擦り傷や打撲がある。文官であるロシュアの体力など、とうに尽きているはずだった。

「……止めるかよ」

 ロシュアが呻いた。

「他の誰も……出来ないだろう。英雄の父であるお前に……だから、僕がやるんだ、ルティアの兄として……っ」

 ロシュアの体がぐらり、と傾いだ。なんとか足を踏みとどまって耐えるが、既に立っていられる状態ではなさそうだ。

「ルティアのっ、兄として……っ」

 それでも、ロシュアは腹の底から力の限りに吠えた。

「ルティアを泣かす奴にっ……っ、妹はやらないっ!!」

 ロシュアは顔を上げて、きっとガルヴィードを睨みつけた。

「お前が王太子だろうが英雄の父だろうが何だろうが関係ないっ!!誰がなんと言おうとっ!僕はっ……お前みたいなクソ野郎認めるかぁぁぁっ!!」

 王太子をクソ野郎と罵りながら、ロシュアは最後の力を振り絞ってガルヴィードに殴りかかった。

 だが、その拳が届くことはなかった。

 ロシュアの膝からかくっと力が抜け、そのままどさっと倒れ込んだ。

 そして、そのまま動けなかった。



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