第73話 非常識
「あー、宝石姫か。宝石姫っつかおてんば姫か?」
「なっ……」
呆れたように笑われて、ヘリメナは顔を真っ赤にした。
「だっ、誰に口をきいているの!!」
「だから、宝石姫だろ?」
男は憤るヘリメナの頭をぽんぽんと撫でた。
ヘリメナは一瞬きょとん、とした後、カーッとこみ上げてきた怒りで涙目になった。
「ぶ、無礼なっ……」
「タッセル!何やってる!」
ガラス瓶を持って行った若い魔法使いが戻ってきて、ヘリメナと男を見てあせあせと駆け寄ってきた。
「王女殿下に何してる?」
「何もしてねぇよ。ガキには興味ねぇんだ」
「がっ……」
ヘリメナは怒りのあまりぶるぶる震えた。ヘリメナは宝石姫と呼ばれ、「美の化身」とまで呼ばれるほどの美しい王女である。その自分を「ガキ」呼ばわりするとは、なんたる無礼な男かとヘリメナはタッセルと呼ばれた男を睨みつけた。二十代後半ぐらいで、髪はぼさぼさで無精ひげも生やしている風采の上がらない男だ。
——こんな奴、きっと魔法使いとしても大したことないわ。私が相手にする価値はなくってよ!
己れにそう言い聞かせて、ヘリメナは平静を保った。
「失礼いたしました王女殿下。馬車の用意が整いましたので、城までご案内させていただきます」
「なんだ、ビクトル。お前、いつもガキの面倒ばかり押しつけられるな」
頭を下げる若い魔法使いの後ろで、タッセルがげらげら笑った。
「ユーリから離れていいのかよ?」
「大魔法使い様もクヴァンツも付いてるんだ。平気だろう」
「あー、確かにな」
タッセルは笑いながら去っていった。
ヘリメナはその後ろ姿をぎろっと睨んで見送った。
***
城では日曜以外の朝は宰相と大臣達が王の元に集い、朝議を行う。
その会議に、王太子であるガルヴィードは一年ほど前から参加を許されている。
部屋に引き籠もったり謹慎を命じられたりで、一週間ほど朝議に顔を見せなかったガルヴィードだが、その日の朝は暗い表情で席に着いていた。
朝議は国王と宮廷貴族の役職を持つ者達が国政について論じる場であり、呼ばれていない者が近寄ることは勿論許されない。
だからその場に、伯爵家の長男に過ぎないロシュア・ビークベルが乱暴に扉を開けてずかずか乗り込んできたのは、常識では考えられない非礼であった。
さらに、呆気にとられる者達の目の前で、ロシュア・ビークベルは王太子ガルヴィードの顔に手袋を叩きつけた。
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