第72話 よくない事態
「あり得ないわ……」
もうこれ以上調べることは何もない。
それでも、ヘリメナは検証結果を受け入れることが出来なかった。
魔法教会に到着した日に、早速見せられた魔石を預かって昨日一日みっちり調べ尽くした。
魔石はサフォアにしか存在せず、手を触れられるのはサフォアの王族のみ。だからこそ自分が呼ばれたのだ。これがサフォアの魔石と同じ物と断じるために。
ヘリメナはガラス瓶に納められた魔石をもう一度いろんな角度から眺めた。
色も、薄く輝くところも、サフォアの魔石とそっくりだ。他のどんな宝石とも違う、不思議な白色。
これだけでも信じられないのに、最初の日に見せられたのはすべて魔石で出来ているという巨大な白い杖だった。
「あり得ないわ……っ」
魔法教会の中に与えられた一室で、ヘリメナは呻いた。
「姫様、帰る前に城に寄って国王に挨拶を……」
「……帰るんですの?このまま……」
「滞在許可は今日までです」
冷静を装っているが、ガロトフも動揺しているのだろう。ガラス瓶の中の白い石から目を逸らせずにいる。
部屋の中にはガロトフの他にヴィンドソーンの若い魔法使いがいる。魔石は決してガラス瓶から出してはいけないと言われたので、監視役なのだろう。
ヘリメナはガロトフと目を合わせ、深い息を吐いた。
「大変、興味深いものを見せていただきましたわ。ええ、確かにこれは魔石にしか見えません。ですが、魔石はサフォアにしか存在しないはずです。これが本物か否かは結局のところ使ってみるしかないと思います」
ヘリメナは若い魔法使いにガラス瓶を返して、そう伝えた。
そう、結局のところ、使ってみなければわからないのだ。わざわざサフォアからやってきてその程度の結論しか出せないのは悔しいが、事実であるから仕方がない。
その答えを予想していたのか、若い男は一つ息を吐いただけで落胆した様子は見せず、ヘリメナに礼を言った。
男がガラス瓶を持って出て行った後で、ヘリメナはガロトフに耳打ちした。
「……王族の血を引くお前なら聞いているでしょ?魔石に触れることが出来るのは王家のみ、表向きそう言われているけれど、本当は……」
「本当は、「魔力のある者は魔石に触れてはならない」。そう伝えられています。魔力持ちが魔石に触れた結果、悲惨な死に方をしたという言い伝えもあります」
ヘリメナは頷いた。
魔力のある者が魔石に触れてはいけない。だからこそ、サフォアの王位を継ぐ者は魔力を持たない者との婚姻しか許されないのだ。ヘリメナの一番上の兄は王位継承者なので、国内の貴族の中から魔力の持たない娘を婚約者に選んでいる。他国に嫁に出される場合を覗いて、王位継承権のある王族は魔力を持つ者との婚姻を禁じられているのだ。
魔石を売る際には、削りだした魔石をきちんと加工してから売っている。サフォアの技術で薄いガラスで魔石を覆って、魔力のある人間が触れても害がないようにしているのだ。
「あの魔石……絶対にガラス瓶から出すなと念を押されたわ。見張りまで付けられて……きっと、魔力持ちが触れて何かがあったのよ」
ヘリメナは魔力を持っていない。だから触れても平気なのだが、ヴィンドソーン側へ魔石に関する知識を伝えるわけにはいかない。魔石を持っていることはサフォアの重要な外交の切り札だ。だからこそ、触って調べたいのを堪えるしかなかった。
「ええい、悔しい!特に、あの杖は絶対にもっと近くで調べたかった!」
ヘリメナは拳を握り締めて地団駄を踏んだ。
白い杖は幼い少年が手にしていて、どこでこれほどの魔石をみつけたのかも誰が杖に加工したのかも、のらりくらりとかわされて何も教えてもらえなかった。
「そういえば、あの少年はなんだったんでしょうね」
ガロトフが首を捻った。
「魔石で出来た杖に触れていたということは魔力持ちではないのでしょうが……」
「あの髪と目の色を見たでしょ。レクタル族よ。魔力はないはずよ」
「それなら何故ここに居るんでしょう?」
「魔石を扱うために連れてきたんじゃないかしら?どこの国でも魔力持ちは貴重だけど、ヴィンドソーンは国民のほとんどが魔力を持っている国だもの。その力で大陸一の大国になった訳だし」
「ということは、魔力持ちが魔石に触れてはいけないという事実を、ヴィンドソーンは既に知っているということですね」
ヘリメナは口を噤んだ。確かに、そういうことになる。
よくない事態だ。サフォアにしかないはずの魔石をヴィンドソーンが独自に入手し、魔石には触れる者と触れられない者がいるということも知ってしまった。ただでさえ魔法の力で大陸に覇をとなえるヴィンドソーンが魔石まで手に入れては、近隣諸国が束になってかかってもヴィンドソーンに適わなくなってしまう。
「すぐにお父様に報告しなくては」
「その前に、城に寄らねばなりません。急ぎましょう」
「そうね」
ヘリメナはヴィンドソーン国王へ挨拶を済ませ、即帰国することに決めた。善は急げとばかりに部屋から走り出たヘリメナは、さんざん動揺していたせいか足がもつれて転びかけた。
「おっ、と……」
「あ……!」
力強い腕に支えられて、ヘリメナは目を瞬いた。顔を上げたヘリメナの目に、浅黒い肌をした男の鳶色の瞳が飛び込んできた。
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