第70話 異国の者達




「いや、なかなか懐かしい光景だったな」

 食堂を出て廊下を歩きながら、タッセルがくくくっと笑った。

 ユーリとカークが首を傾げると、タッセルは楽しそうに言う。

「俺もここに来たばかりの頃に、あんな風にいちゃもんつけられたぜ。あんま気にすんな」

「え……エメフさんも他国の人間なんですか?」

「タッセルでいいぜ。おう、俺はドモンドの人間なんだよ。もう長いことヴィンドソーンに厄介になってるけどな」

 確かに言われてみれば、タッセルは周りの人と比べて肌が浅黒く手足が大きい気がする。ヴィンドソーンより南に位置するドモンド国の民の特徴だ。

「俺は魔法の歴史に興味があって、留学してそのまま居座ったんだが、知っての通りドモンドは農業国だ。農夫の分際で、って何回言われたことか」

「へぇ。ドモンドかぁ」

 ユーリは行ったことがないが、父は行商で何度も行ったことがある国だ。秋に行くと小麦畑が一面の黄金色で、とても綺麗なのだと聞いたことがある。

 黄金色の想像をするユーリの頭を、タッセルがぽんっと撫でた。

「お前さんはいいな。ああいう時に、一緒に戦ってくれる友達がいてよ」

 ユーリは眼を瞬いた後でカークを見上げた。カークは眼を瞬いた後で、酷く嫌そうな顔をした。

「それで、タッセルさんが僕に何の用なんですか」

「おう。お前さんの魔石を専門家に見せるんだがよ。どうせならその杖も見せた方がいいんじゃないかと思ってよ」

「なるほど」

「専門家はたぶんもうすぐ着くから、一緒に待っててくれ」

「俺は、関係ないのでは……」

 呼ばれて付いてきてしまったが、自分は必要ないだろうとカークは思った。しかし、タッセルはカークの肩に手を置くと、低い声で耳打ちした。

「でかい力を持つのは大変なもんだ。まだ八つのガキなのによ。本来なら大人達が支えにならなきゃいかんが、この国の大人達には今その余裕がない」

 タッセルはふと笑顔を消して言った。

「お前みたいな奴が必要だよ。もっと後に、そのことがわかるさ」




 ***




「仕事が終わったら、絶っ対に王宮へ行くのよ!私は国王に呼ばれてこの国に来たのだから、文句ないでしょ!」

「はあ……もう失恋したんでしょうに。しつこい女は嫌われますよ」

 がたがた揺れる馬車の中で、ヘリメナの言葉にガロトフは溜め息を吐いて眼鏡を持ち上げた。

「新しい恋を探すのよ!私の美しさでヴィンドソーンの貴族を骨抜きにしてやるわ!」

「寝言は寝て言ってください」

「眼鏡!あんた公爵だからって私に対して不敬すぎるわよ!」

「にしても、ヴィンドソーンの魔法協会もなんのつもりでしょうね。こんなでも一国の王女だってのに、呼びつけるだなんて。まぁ、ヴィンドソーンの国王からの招聘って形でしたけど」

 ガロトフが不快そうに眉根を寄せる。

「魔石の鑑定って……魔石は我が国にしかないってわかっているでしょうに。もしかして偽物でも掴まされたんですかね」

「さあ。どうだっていいわ」

 ヘリメナは馬車の窓から外を見た。ずっと遠くにシュロアーフェン城の姿が見えた。



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