第69話 言い争い




「クヴァンツ、貴様はずいぶんこの子どもと仲がいいようだが、俺達を裏切って情報を流してるんじゃないだろうな?」

「はあ!?」

 思いも寄らぬ発言に、カークは眉根を寄せた。

「どういうことだよ!?」

 思わず席を立って睨みつける。魔法協会内では身分の上下は関係ない。さっきは穏便に済ませたくて気を遣ってやっただけだ。

 マーベル家の三男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。

「蛮族が強大な魔力などもっているはずがないだろう。このガキは、魔王から力を与えられてこの国を探りにきた手先に違いないぜ」

「はあ!?何を馬鹿なことを……」

「皆そう言ってるぜ。騙されてるのは魔力に目が眩んだ幹部どもとお前みたいな単純な奴だけだ。蛮族に騙されるなんて、我が国の貴族の恥だ」

 あまりに根拠のない侮辱に、カークはカッと頭に血が上った。

「レクタルは蛮族ではない!我が国の王妃陛下の姉君がレコス王家に嫁いでいることを忘れたか!」

 カークはかつて自分もレクタルをカス民族などと呼んでいたことを完全に棚に上げて激昂する。そういう開き直った小悪党っぽさが嫌いではないので、ユーリは口を挟まなかった。

「あれは大陸の平和を守るために我が国の貴族が犠牲になってやったんだ!せっかく我が国の貴い血を分けてやったのに、三十年経った今でも蛮族のまま進歩がない!」

「マーベル子爵家では絹の服を着たことがないのか?ヴィンドソーンの貴族ならばレコスの絹を身につけたことがないとは言わさんぞ!」

 男爵家と子爵家の子息同士の喧嘩に、食堂がざわめく。ユーリもカークを見上げておろおろした。

 自分のことで喧嘩しているのはわかるが、出会ったばかりのカークがこんなに怒ってくれるとは思わなかった。

 カークは叫んでいるうちに、目の前のマーベル家の三男よりも大魔法使い達最高幹部に対して腹が立ってきた。

「こいつはレクタル族だ!それなのに、俺達の都合でここに連れてきて魔法使いになれと強制してるんだぞ!こいつが子どもなのをいいことに、ろくな説明もしないで!」

 戦う未来が待っていることを教えもしないで、戦いに使う力だけを扱えるようにさせようとするやり方は、あまりに汚いのではないか。

 ユーリにはヴィンドソーンのために戦う義務などないのに。

 ヴィンドソーンの国民の中にも他国に逃げる者が増えている現状で、何故レコスの人間であるユーリがヴィンドソーンの都合で動かされたり嘲られたりしなければならないのだ。

 理不尽だろう。

「カーク、もういいよ。行こう」

 彼の言っている内容の全部は理解出来なかったが、とにかくカークが自分のために腹を立ててくれているとユーリは悟った。しかし、どうやら目の前の相手はカークの家より爵位が上のようだし、これ以上は彼の立場が悪くなるかもしれない。

「おい待て!話はまだ終わってないぞ」

 立ち上がって食堂を出ようとしたユーリの肩をマーベル家の三男が掴む。カークがその手を打ち払った。

「っ……男爵家ごときが!」

 睨まれて、カークはふん、と鼻で笑った。

「おいおい、なんの騒ぎだよ」

 呆れた響きの声と共に、背の高い男が食堂に現れた。ユーリは彼に見覚えがあった。

「よう、ユーリ。俺はタッセル・エメフだ。ちょっと付き合ってくれるか」

 タッセルがユーリを手招きする。

「ああ、お前も一緒に来い」

 タッセルはカークも呼びつけて、食堂にいる他の見習い達に視線をやる。

「あまり騒ぐな。せっかくの平和を自分達で縮めるんじゃない」

 タッセルの言葉の意味は、ユーリ以外の者には重く響いた。

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