第55話 傷心




 動揺していたのだ。あまりに予想外の行動に。

 王太子はそう主張した。

「だって、普通、貴族令嬢が男のっ、それも王太子のっ、ズボン脱がせようとしてくるとは思わねぇだろっ!!しかも脱がし合い勝負だとか言われて……俺は何を脱がせればいいんだよっ!?動揺するだろうがっ!!あまりに予想外すぎて狼狽えちまったんだよ!!文句あっか!!そのせいで隙をつかれたんだよっ!!」

「伯爵令嬢にズボンどころかパンツまで脱がされた王太子の弁明など聞きたくないです」

「それで、見られたのか?」

「見られてねぇよっ!!隠したわっ!!あいつ、パンツ拾ってすぐに出てったし!!」

「脱がし合いっことかさぁ……普通は人に知られないようにやるもんでしょ。露悪趣味はどうかと思うよ」

「ねぇよそんな趣味!!だからっ、エロい意味はいっさいなかったんだっつうの!!」

 ガルヴィードは昨日からずっと側近達に弁明を繰り返している。

 あの夢以降、毎日城に連れてこられていたルティアだが、昨日は姿を見せなかった。代わりにやってきたロシュア・ビークベルが「虫が涌いた汚物」でも見るような目でガルヴィードを見ながら、パンツが入った紙袋を手渡してきた。手渡す時も、部屋から出ていく時も、ガルヴィードに眼を飛ばしたままで無言だった。不敬ではあるのだが、咎める気力も資格もガルヴィードにはなかった。

 ロシュアはその後、フリックと共に魔法協会に出かけたらしかった。

「くっそ、あの女!俺に恥かかせやがって!!」

「嫌じゃなかったんだろ?」

「嫌に決まってんだろ!!どこの世界に女にパンツ脱がされて喜ぶ王太子がいると思ってんだ!!屈辱しかないわ!!」

 ガルヴィードは出窓に頭を打ち付けて唸り出した。

「情けないなー。こんなんが英雄の父とか……どうした、フリック?」

 エルンストは、隣に立つ友人がいつもより暗い顔をしていることに気付いて尋ねた。

 尋ねられた当人は、はっと我に返ったような顔をしてエルンストを見た。

「いや、なんでもない」

「そうか?ならいいけど」

 そう言いながらも、エルンストは首を傾げた。昨日、魔法協会から帰ってきてから、フリックは時々考え込むような表情をすることに、エルンストは気付いていた。

 そのことについては、後でルートヴィッヒと共に報告を聞くことになっている。

「あー、くそ……今日もルティアは来ないのか?」

 ガルヴィードが悪態の後に小さく呟いた。

「自分で聞け」

 ルートヴィッヒがぴしゃりと言い放って、三人は傷心の王太子を残して部屋を出た。

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