第6話 外つ国人

 ――疲れた。

 国人くにびとをなんとか追い出し、私は一人やしろの中で横になる。

 結局、彼らとは言葉が通じないし、ここはどこなのかも分からないままだった。


 もう何もかも嫌になってしまう。

 結局、一日が終わって友との約束の日になっても私の社はこの謎の荒地にあった。

 実は全部夢で、目が覚めたら元の小山おやまに帰ってきていた。という都合の良い話もなく、私はしばらく社にこもることに決めた。


 どうにもならなければ、寝てしまえばいい。

 かの太陽神もかつて岩戸ごもりをした――世界に闇が広がり大迷惑だったと聞いたが――という話だしどうせなら私も誰に迷惑をかける訳でもなし、ふて寝くらいしたいものだ。


 ――迷惑といえば。

 やはり友と会うことができないのは大いに残念である。

 持てなしもできず、ましては会う約束を守れないのは大変心苦しい。

 それだけでなく、私自身、久しぶりに友と会うのを楽しみにしていただけに、落胆もまた大きいのだ。


「……私は一体どうすれば……」


 周囲はどこまで行っても荒地、現地の住人は言葉も通じない。

 もはや手詰まり。

 これ以上何をしてよいのか私には見当もつかない。


 と、一人うじうじと悩んでいたところに、外から何者かの足音が聞こえきた。

 それなりに大きな足音が、社の中まで響いてくる。

 まさか追い出した外つ国人が仲間を呼んで、社を襲いに来たとでもいうのだろうか。

 いやまさか、そんな恩知らずなことがあるかと心の中で否定してみたものの、こちらの常識などが通じる相手でもない。


 遠慮も知らなかったようだし……。

 恩を感じるような人間ではないのかもしれない。


 足音はどんどんと大きくなっていき、丁度社の正面の前まで来るとピタリと止まった。

 戸にへばりつくようにして外の様子に注意を払っていたが、こうしている間に社や祠に悪戯いたずらされてはかなわない。

 あるいはこの間の外つ国人とはまた別の集団ということも考えられる。

 もう外つ国人と極力関わりたくないのだが、どちらにせよ確認はしておく必要があるだろう。


 私は勢いよく戸を開く。


「――何者です。私の社に何か用ですか!! ……ぁ」


 外には数十人という多くの外つ国人の集団が社を取り囲むようにしてこちらを見ている。

 通りでやけに足音が大きく響くと思ったわけだ。


 どうしよう。


 逃げるにしても、社を放ってもおけぬし、第一に辺りは外つ国人だらけだ。

 

 ……本当にどうしよう。


 考えあぐねている私のもとに、やたら毛並みのよさそうな獣の毛皮を着飾った、一人の外つ国人が進み出てくる。


「ワレワレノ仲間、救ッテモラッタ。今日ハ礼ヲ言イニ来タ」


 驚きで私はしばらく言葉が出なかった。


 外つ国人にも恩を感じるという概念があったとか、身なりから身分の違いらしきものがあるというのも驚いたが、何より外つ国人が日の本の言葉を話せているということに驚いた。


 もしや、ここは日の本の辺境で訛りが強かっただけだったのだろうか?

 彼らは外つ国人ではなかったのか。


「……貴方、日の本の言葉が話せるのですか?」


「? 人間ノ言葉。昔、商売デ交流アッタ時覚エタ」


「人間の言葉? では貴方たちは人間ではないのですか?」


 私の問いに、当然だといった様子で相手は答える。


「我々ハ、ゴブリンだ。人間デハナイ」


「ごぶりん?」


 ごぶりんとは何だろう。

 彼らの種族の名前か何かか。

 人間ではないと言うからには鬼や土蜘蛛の仲間の様なものなのだろうか。

 まあ、辺境の地にいる鬼の変種であれば、怪物じみた姿なのも当然のことで不思議ではない。


「……でも良かった。貴方たちも日の本に縁ある者だったのですね」


「ヒノモト? ヒノモトトハナンダ? 村ノ名前カ?」


「いえ、村ではなく、もっと大きな……」


 辺境であれば、国のまつりごととも関わりが薄いだろうし、村や集落といった日々の小さな共同体に重きを置くことが多い辺境であるならば、日の本や葦原中国あしはらのなかつくにといった大きな括りを意識する機会は少ないだろう。

 私の知る麓の村も、山間のひなびた地であったから、基本的には村長むらおさを中心とした小規模な共同社会を営んでいた。


 遠方の神と会う機会もある私とでは会話が噛み合わぬのも無理はない。

 鬼の類とはいえ、その辺りは普通の人間と変わりないようだ。


「……コノアタリハ、ルネスレンヌ連合王国ノ端ニアルガ、ヒノモトト言ウ言葉ハ知ラナイ」


「????」


 るねすれんぬ? 連合王国?


 ……何だそれは。



 

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