第4話 逃げた先

 友を想う。

 思い浮かべた友はこちらに優しげに笑いかけてくれるので、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。


 ごめんなさい。せっかく遊びに来てくれるというのに、私はしばらく帰れそうもありません。

 それにあなたのために用意した山芋のムカゴも、この無礼な国人びとに食べ尽くされてしまいそうです。


 目の前でムカゴの塩ゆでを夢中で食らう異国人に、私は大きな溜息を吐いた。


 

 ――時を遡り、


 五人程度の小さな集団である外つ国人たちは、奇声を発しながら私を追いかけてくる。狼、山犬のような俊敏性は彼らにはないようで逃げること自体はさして難しいことではない。

 ただ、彼らの視界から完全に逃れるというのはなかなか難易度が高い。

 広々とした荒野では隠れるところもないからだ。

 あたりに転がる岩では、追いかけてくる相手をやり過ごすには、少々心もとない。

 それに、彼らの執念深さといったら、一度噛みついたら離さないといわれるスッポンの如きしつこさだ。このままやしろまで戻って、ついて来られても困る。


 走る足はそのままに顔だけ振り返れば、少しだけ距離は離れているが依然としてこちらを追いかけてくる外つ国人たち。


 さすがに、いつまでも無策で逃げ回っているわけにもいかない。

 少しでも追っ手を惑わそうと、進行先にある大岩の裏へと回り込んだ。

 

 ――のだが。


 その先には、熊ほどの大きさもある見たことのないけものが体を丸めて地に伏し眠っていた。

 あわや、その獣に激突というところで、なんとか足を踏ん張り勢いのついた体を止める。両手で押さえるようにして私は己の息を殺した。


 幸運なことに獣は相変わらず眠りについたままだった。

 一歩一歩、ゆっくり静かに後退する。



「〇□▲!! ×〇◆!!」


 ――頭を抱えたくなった。

 どすどすと遠慮ない足音と、怒鳴り声なのか奇声なのか曖昧な叫びが私の背後から聞こえてくる。

 獣はというと、一瞬寝顔をしかめた後に、ゆったりと頭を持ち上げ岩陰への闖入者ちんにゅうしゃを見やる。


 私は獣の視線から逃れるように、脇の岩に体を張り付けた。


 そうした経緯でもって、外つ国人と獣は相対すことになったのだが、私を追ってきた外つ国人も獣の存在には驚いたようで、先ほどの怒声とはまた違うたぐいの喚き声をあげると、彼らに対し私がしたように、彼らもまた獣から逃げ出した。


 ……。


 私は彼らに対して憐憫れんびんにも似た感情を抱く。

 相手は紛うことなき獣である。大声を出して逃げ出すなどこの後の結果は火を見るより明らかである。


 普段なら彼らとて、そんな下手は打たなかっただろうが何分、私を追いかけて頭に血が上っていたのだろう。興奮していると冷静な判断をするのは難しい。

 追いかけていった先に、己を一口で丸のみにしてしまいそうな獣がいて混乱したのかもしれない。


 案の定、獣はすぐそばの私には目もくれず、無防備な姿をさらして逃げていく外つ国人達を追いかけていった。


 今のうちに社に戻ってこもってしまいたい。

 しかし、なんだかこのままでは外つ国人達には申し訳ない気もする。私が獣と彼らを引き合わせたようなものだからだ。


 遠くから悲鳴が響いてくる。


「……神ともあろうものが、情けないですよ」


 自身を鼓舞するように、そんなことをいってみる。

 己に弓引く不信心者ふしんじんものがどうなろうと知ったことではないが、ここは日の本言葉も通じぬ外つ国。

 

 客人まれびとは私の方であって、ここでの作法も知らないのだ。

 多少、意思疎通のやり取りに行き違いが生じただけ――と信じたい。


「ああ、もう!!」


 半ばやけくそ気味に、私は悲鳴のするほうへと向かっていった。


 

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