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 恥ずかしながら、子供の頃から、貴族社会特有の「上下関係」が苦手だった。

 異常にややこしい家格や官位や役職や経歴や人間関係を総合的・俯瞰的に判断し、誰が目上・格上で、誰がそうでないかを、瞬時に見抜かねば、良くて恥をかく羽目になり、悪ければ身の破滅だ。

 その点、庶民は気楽でいい。貴族には、とりあえず頭を下げておけば問題は無いのだから。

 目上・格上の相手に対して、同格や目下・格下に対する態度を取れば、喧嘩を売っているも同じだ。

 逆に、目下・格下の相手に下手に礼を尽したり敬意を表せば……誰かに見られていたら、笑い物になる。

 更にややこしい事に、上下関係は場や状況によって変る。同じ相手であっても、公務・武芸大会・舞踏会・宴席などの「場」が違えば目上になったり目下になったりなど良く有る事だ。

 しかし、私が加わる羽目になった、この「旅の同志」達は……多分、誰が目上か目下か、あの陰湿な貴族社会を生き抜いてきた歴戦の猛者もさ達にも訳が判らないだろう。

 1人は、同盟国ウェイ=チャンの王子。身分は私より上。しかし、主従関係は……今は無いが、もし、我が国の王女とこの王子殿下が目出度く結婚あそばされれば、私と、この王子の間には主従関係が生まれるかも知れない。主従関係が、無いようで有る、有るようで無い、極めて曖昧なる間柄だ。単に「身分が上の相手」として扱えば良いやら、「将来の主君」として扱えば良いやら、判断に困る。

 1人は、その王子の護衛の騎士。我が国とは官位・家格の体系が色々と違うので、私と彼のどちらが目上なのか判然としない。

 宮廷付きの主席魔導師と宮廷付きの主席司祭は……同じあるじに仕えているとは言え、我々、騎士系の貴族とは、これまた官位の体系が全く違う。しかも、魔導師と司祭は……「魔法」を良く知らぬ者には、どう違うか、さっぱり判らないが伝統的に仲が悪いモノらしい。

 最後の1人が、最大の問題だった……。ただ「影」とだけ呼ばれる男。この国の国事の「裏」を担ってきた一族の更に家臣だ。私から見れば、私が言わば王の「直臣」なのに対して、この男は「陪臣」に過ぎない。だが、一目見て判った……一行の中で、腕前が一番上なのは……こいつだ……。

 更に言えば、この「影」なる男は……彼自身の立場で、ここに居るのか? それとも「彼の主君の代理」として扱うべきなのか?

 耳も聞こえず……口もきけないフリでもするか? 私は……本気でそう考えた……。

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