人はどんな結果になってもそこに見つけられる幸せがあればそれでいいのだ


   それは珍しく後輩の娘たちから声を掛けられたのが始まりだった。


 坂下真紀子は久しぶりに合コンに参加する。最後に参加したのが何時だかも忘れるほど久しぶりであった。そしてこの機会を逃さんとする為に勝負下着まで穿き込む勢いであった。

 もう少しで退勤時間となる頃には同僚の娘たちもだんだんとソワソワ始める。


 「坂下ぁ、これなんだけどなぁ・・・。」


 上司が今更ながらに書類を持ってくる。しかしこんな事もあろうかと真紀子は先手を打っていた。


 「それならこっちに資料用意しましたからこの中からよさそうなの選んで認証のハンコウ押してください!」


 ばっとインデックスの沢山付いた書類の束を上司に渡す。と、ここで退勤時間を知らせるベルが鳴る。


 「それでは今日は用事がありますのでこれで失礼します!」


 すぐさま立ち上がり一礼してその場を離れる真紀子。それにつられるように他の娘も一斉に立ち上がり上司に書類をどんどんと渡していき挨拶をしながら部屋を出て行く。程無く呆然とした上司の手には山ほどの書類が積み上がっていた。彼は目をぱちくりさせその書類を見るのだった。



 * * * * *



 予約をしていたお店に真紀子たちはお化粧直しをしてやって来ていた。

 

 「今日は取引先の資材部の人たちなんですって!」


 「楽しみだよね?あそこは粒ぞろいだって話だし!」


 「かなり良い男もいるらしいわよ!」


 参加している娘たちはかなりの興奮状態だった。当然真紀子も同様だ。二十五歳独身彼氏無しというレッテルを何とかして剥がしたいと常々思っている。だから今日の合コンにはいつも以上に気合が入っていたのだった。



 「あれ?みんな今日はここで飲み会?」


 ワクワクして待っていると同じ会社の営業部の勝が声をかけて来た。驚きそちらを見るとどうやらあちらも合コンの様子。男女同じ比率で向こうの予約席に向かって行く。


 「うわぁ、勝さんまた合コンですか!?私たちが誘っても全然来てくれないのに!?」


 「はははっ、ごめんごめん、今日のは付き合いなんだよ。また今度ね。」


 後輩の娘が本音をぶちまけるも場慣れしている勝はそう言ってはぐらかす。そしていそいそとこの場を退散する。そんな様子を真紀子は見ていたがその中に網野がいてぎょっとする。彼も合コンに参加しているのだった。

 そしてなぜかもやもやする気持ちが湧き上がる。それは何とも言い難い気分だった。


 「先輩、来ましたよ!」

 

 そんな思いを無視してどうやら相手の男性陣が来たようだった。



 * * * * *



 「何が若い子は良いよねよっ!!」


 真紀子は荒れていた。駅に向かって歩き裏路地の入り口で立ち止まる。その様子は惨敗である事は察しの良い者ならすぐに気づくだろう。

 結局のところ真紀子は自分より年下に対してなかなか打ち解けず、ほとんど後輩たちの引き立て役になってしまった。そして相手の男たちもやたらと若い子を中心に根掘り葉掘りと聞きながらお開きになる前に姿を消す者まで出たものだ。

 最後に会計を何故か真紀子がする羽目になる頃には完全に諦め顔だが表面上だけは冷静さを保った。しかしお開きになり別れた後その怒りを裏路地の看板を蹴り飛ばす事で発散する姿は他の人には見せられない粗暴であった。



 「あれ?もしかして先輩ですか?」


 いきなり声をかけられぎょっとする真紀子。慌てて振り向けばそこには網野が立っていた。真紀子は見られたとバツの悪そうな表情をする。しかし網野は特に気にもしないでにへらっと表情を崩す。


 「なんだか先輩を見てたらお腹がすきましたよ。」


 「何それ?私を見るとお腹すくって・・・?」


 そう言った真紀子だが何故か網野の顔を見ていたらお腹が鳴ってしまった。慌ててお腹を押さえるも完全に聞かれてしまい真っ赤になる真紀子に網野は笑う事無く「軽く何か食べに行きませんか?」と言ってくる。


 確かに空腹を感じていた。合コンではほとんど食べ物には手つかず。いや、今日は昼からほとんど何も食べていない。合コンの為に気合を入れていてそれどころでは無かったからだ。

 真紀子は仕方なく裏路地から出てきてどこかで軽く食事をする事にする。


 「とはいえ、もうこんな時間ですもんね。ラストオーダーもみんな終わっちゃっているからちゃんとしたお店には入れそうにないかなぁ。」


 網野はそう言いながらスマホでよさそうなお店を探す。

 と、真紀子は何となくその手を取り目に映る店へと網野を引っ張る。その先には牛丼屋があった。


 「もう良いわよ、簡単に食べて早い所帰りたいわ!」


 二十四時間開いている牛丼屋にラストオーダーは無い。そんな事はここ最近一人で牛丼屋に行くようになった真紀子は十分承知だ。そしてお店に入りカウンター席に二人で並んで座り慣れた手つきでメニューを引っ張り出す。その一連の動作に網野は驚くもまたまたにへらっとした表情になる。

 真紀子はそれを馬鹿にされたと思いながらも開き直って店員を呼ぶ。


 「牛丼並盛、つゆだく卵セット!」


 「はははっ、先輩って常連ですか?良いですね、じゃあ僕はつゆだくだくで同じものをお願いします。」


 網野は笑いながらそう言ってぽつりと言う。


 「でもよかった、先輩が誰かとどっか行かなくて‥‥‥」


 「はぁ?何それ?」


 到着した牛丼の卵を手慣れた手つきで割って黄身だけを牛丼に落としながら真紀子は思わず聞き返してしまった。そんな彼女に網野は真剣な顔をして言う。


 「先輩、こんな所で何ですけど僕と付き合ってくれませんか?結婚を前提としたお付き合いがしたいんです!」


 真紀子は思わず持ち上げた箸を落としてしまった。そしてしばし放心する。

 その後真紀子は牛丼の味など全くしなかった。





 ただその後に二人の姿をよく牛丼屋で見かける事とはなるのだが‥‥‥


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その女、二十五歳にして初めて牛丼を食べる さいとう みさき @saitoumisaki

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